都市計画

2008年8月29日 (金)

心の自由民権ー人生主義とは? 9月26日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは衆議院議員の福井照さんです。福井さんは元建設省に勤務され都市問題に大変詳しい人です。取り付きにくいと市民には敷居の高い都市計画問題や、まちづくり問題をわかりやすくお話いただけると思います。

 今日のテーマは「心の自由民権ー人生主義とは?」でお話をお聞きします。

 福井さんはホームページのなかで「好きな時に子育てができ」「好きな時に親の介護ができる」「またなによりも大切な事、即ち自分の心のケアも好きな時にできる」、自分の人生を設計どおり生きることができる、そんな人生を支援することを本意とした社会を創らなければならないと思っています。」

 そのためには

「今必要なのは枝葉のような個別の政策ではなく、より上位概念であり、個別の政策をコントロールする領域、即ち人間のあり方を根本から見つめ直すベーシックポリシー、或いはスーパーポリシーといってもいい領域であると考えます。

 今の日本からこの分野がすっかり抜け落ちてしまっているからこそ、政治不信はむろんのこと現代人の根源的な不安、不満に立ち向かうことができないでいるのです。」と言われています。哲学のようですが、今一度解説をお願いします。

F3_r 福井 今言われた途中で、皆さんは「気を失った」と思うんですけれども。
 たとえば後期高齢者医療制度に対する国民のブーイングというのも、1つの現われなんですね。というのはやりたいことは、できるだけ長生きしていただきたい。1分でも1秒でもわくわく、どきどきして長生きしてもらいたい。そう生きてくださいね。と。

 そのために必要な医療費は確保したいので、こういう仕組み(後期高齢者医療制度)にしますと。今まで市町村ごとにアンバランスだったしたので、県全体で1つにしますと。そういうことなんです。それだけなんですね。

 後期高齢者とか。いきなり年金から天引きするとか。あまりにデリカシーがない。ということなんです。僕に言わせばデリカシーがないとか言う問題ではないんです。
 つまり目的なんですね。僕も行政にいましたので、目的意識がはっきりしていなければ、すべて誤解を生んだり、うまくコミュニケーションができなかったりします。そういうことなんですよ。

 今まで戦後経済を立て直す。地域を立て直す。それから貿易をもっと増やす。それが行政目的でした。もうそれは終わりました。もちろん外交や防衛も必要です。今からは「人間1人1人が1番大事。」「1人の人生がいかに守られているか」がお互いに分かり合うこと。「1人1人の人生が1番大事であると言う社会を作り上げること。」を目的にして政治も行政も魂の底から心を合わせていかないとならない。

 というのを自由民権運動にひっかけて「心の自由民権」と最初から申し上げていました。自由民権の国高知ではそう言っているけれども、東京ではコミュニケーションできないので、「今までは経済中心の資本主義だったけれども、人間を大事にする。1人1人を大事にすると言う意味で、資本主義から人生主義へ。人生が1番大事。目的である。そんな世の中にしましょう。」と言っています。

 いろんな事件も起こるでしょう。くっついたり離れたりするでしょう。殆ど苦しみの人生ですからね。でもそのたびに暖かく、支援できるような、人生の都合に合わせて行政が動いていく。そういう仕組みに変えなければいけないということです。

 例えば市役所の部署(課)の名前も「20代課」「30代課」とか。そういう風でいいんです。今は縦割りも厚生労働省とか経済産業省とかの霞ヶ関の様式にあわせて県庁も市役所も組織になっています。

 そんなんじゃなくて市役所ぐらいは私たちの人生にあわせた、段階に応じた課(部署)であったらいい。ホテルによくありますなんでも相談できます人が、そこにいます。そういう組織。行政の考え方。政治の世界もそういう風に変える。根本的に変えなければ今は立ち行かないのではないか。そういう思いの投げかけなんですね。

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西村 同じような質問です。われわれ市民の側からしますと「政治家はどうしてあんな大きな家に住んでいるのだろう?」「政治家はどうして自分のことしか考えないのか?」とか「どうして政治家は金儲けできるのか?」と批判をします。

 しかし政治家主催の国政報告会などをたまに聞きに行くこともあります。
国政の報告などでは「これこれの道路をこしらえました。どこどこの地域に国の交付金を取り付けました。」という「成果を誇示する」説明があるのが普通のようです。そういう説明を聞かないと市民は納得しないようですし。

 有権者としては「地域に公共事業をたくさんもってきてくれ」と言うし、市民としては「政治家は自分のことしか考えないのではないか」とも言います。市民であり油研社の側が矛盾しています。

 お立場上困っておられると思いますがそのあたりの聴衆の反応とか。最近の政治の動き。あるいは国政の動きなど。かなり市民というか有権者の意識は変わってきたのでしょうか?

福井 9年前に第1声を上げたときはすごい熱い思いがありました。お互いに、僕自身がすべて考えたわけではなくて、皆さんと一緒に話したことをだんだん昇華して言って水蒸気になったんが「心の自由民権」というものです。

 そういう意味から言いますと高知県民はひじょうに進んでいるんですよ。ただそれは「潜在意識」なんですね。それをはっきり意識として顕在化して、表面に出てきて、だからこういう考えだ。と意識にのぼるというところまでは高知県民もそうだし、ましては日本国民全体はいっていないです。

 私も行政にいましたから、けっして政治家は尊敬しておりませんし。尊敬していない政治家にどうしてなったの?と家族に言われたりして。ですから政治家になったつもりもなるつもりもないですけれども。志はそういう日本全体を変えるとか。日本が世界に恥ずかしくない国にするとか。

 文化をつくる。ということをずっと都市計画をしてきましたので。文化をつくる。歴史をつくる。そういうことを生涯の仕事にしようと。やっていました。

 政治でもヨーロッパの政治家はほんの一言で、文化的知性と教養を感じさせることがあります。バチと言ったりします。そういう発言をする政治家は未だかつて日本にはいませんでした。

 あるいはパリの大改造をしたのは政治家の発想、デザインでやったのだけれどもそういう政治家は日本にはいません。

 戦前に後藤新平という人がいました。歴史的にはただ1人だけです。そういう意味で知性と教養。文化をつくるという様な政治家が1人でも2人でも出てきたら最高ですし。

 私の訴える「心の自由民権」というのは人の幸せとはなにかだけを毎日24時間考える政治家がもし100人いたら、抜本的に日本は変わります。

 幸せとは何かを考えず。なにも考えないでずっとこの100年間来ました。だから根本的な目的意識を持つことが未だにない。と感じています。

西村 福井さんは「私の政治信条」のなかで「ユーバーポリテック」=超政治、次世代のための政治。哲学・思想・歴史観・宗教性・時代認識・長期展望を備えた政治と言われています。

 それはグローバルな観点から、ローカルのことを考えることなのでしょうか?
 福井さんとは考え方が違うかもしれません。
 昔石橋湛山という政治家がいましたが、宗教家であり、エコノミストであり、「小日本主義」という大局観がありました。植民地主義を放棄しアジアの国々と共存して反映する展望をきちんと持っていました。
 自由民権運動の先駆者を先祖に持つ高知県民は「ないものねだり」をせず高貴な目的を持って活動をしようよということなのでしょうか?
 高知県民は潜在意識で高貴な目的があるとのことでしたが、表に出てくる兆候は出てきたと思われますか?

福井 十分出てきていると思います。
 こんなことを言いますといつも怒られています。政治の世界には「階層」があります。

 まず「選挙のレベル」があります。次に「政局のレベル」があります。この前の国会のような。それから「政策のレベル」があります。その次に「政治のレベル」があって、その次に「「ユーバーポリテックというレベル」-大政治という歴史認識があります。

 私たちが付き合っている政治家の人たちは、殆ど選挙のことしか考えていない人たちとしか付き合っていない。ということですね。
 
 今変わりつつあるのは「環境」です。2人の話は共通しています。地球環境で自分を見つめ直すこと。日本人が世界に誇れることは「自然との一体感」です。

 今分子生物学で60兆個の人間の細胞があります。100兆個の微生物がいて、長くても半年。早ければ3ヶ月くらいで酸素も炭素も水素も私たちの体の中で入れ替わります。

 だから食べるのです。食べたものはすべてわたしたちの血になり、肉になり脳細胞になり、すべての細胞になります。それで入れ替わったものが便や尿や汗で排泄されます。半年前の自分と今の自分とは分子レベルでは全然違います。なにも残っていない。すべて風になっている。

 これが自然との一体感を日本人は持っている。だから地球を大事にする。家族を大事にする。地域を大事にするのです。そういう発想は欧米人にはないのです。

西村 2000年以降日本の自殺者は3万人を越えています。少子高齢化社会で人口減少になっている日本で自殺者の数が減らないのはなぜなのでしょうか?
 小泉内閣の構造改革により「格差社会」がより大きくなったからなのではないのでしょうか?3万人の自殺者の数は異常であると思います。

福井 異常事態です。3万人の下にピラミッドがあります。うつ病の方が30万人。うつ病予備軍が300万人。日々苦しんでいる人が3000万人。そういう大きな山があり、水面上に出てきているのが3万人ということです。

 ですから何千万人という人々の心が病んでいるのですね。と言うのは最初の話しに、戻りますが、「思いやり」とか「尊厳」とか、日本人が農耕民族としてずっとしてきたここと。助け合って生きてきている。助け合いいつくしみあい共同して働いて、同じ分け前で暮らしていた。

 そういう農耕民族としての暮らし方が、小泉ー竹中路線の「新自由主義」のリベラリズムでぶち壊されました。それで格差が出てきました。それで心が病んでいる。というのはまさに至言だと思います。そのとうりだと思います。

 ですから自殺者対策とか、うつ病対策とかなんかではなくって、今の私たちの暮らし方の根本原理というものをもう一回見つめなおして、日本人の良さは、「一緒に助け合って生きていくんだ。」と。同じ分け前で生きていくんだと。

 それは社会主義だと言われようが、そうなのです。

西村 それは以前福井さんが言われていた「ソーシャル・キャピタル」という考え方でしょうか?いわゆる共同体意識でしょうか?

福井 共同体ですね。

西村 僕らも中途半端にしか習いませんでしたが「ゲマインシャフトとかゲゼルシャフト」とか。ゲマインシャフトのようなものでしょうか。

福井 中国人の諺に「日本人に気をつけろ。社会主義者になってしまうぞ。」というのがあります。それぐらい世界では日本は「社会主義国」だったと。
 つまりいかに平等に「分け前」をもらっていたか。かつての日本。つい20年前、10年前までの日本です。

 それはつい30年前、40年前までは福井さんの田んぼもご近所全部が出て、田植をし、稲刈りをした。同じ分け前で、同じ所得で。助け合って生きてきました。というのが日本民族の原点です。その生き方を忘れてはいけません。

 

西村 ユニバーサルな社会の実現は可能なのでしょうか?そのためには市民1人1人が差別も偏見ももたないユニバーサルな考え方にならないと実現しないのではないのでしょうか?

そのあたりはどのようにお考えになるのでしょうか?

福井 ユニバーサル・デザインの根本はそれこそ、普段の普通の人がいかにラクチンで、気持ちいいなというデザインができるかということです。
 道路にしてもLRTにしてもそういうことだと思います。

 ですから原点で、いかなる人も同じように、同じような気持ちで、造ったりできるかというふうなことです。

 すべてのひとが共同して、ソーシャル・キャピタルですね。すべてのひとが参加して同じ喜びを味わえるような。そんな場をどうやってつくれるのか。それがユニバーサル・デザインです。

西村 先日も福井さんは高知福祉機器展も見学行かれたようですね。人間の尊厳を保つための福祉機器とか。機器をいろいろ体験されたうようですが・・。

 そのあたりの感想などはいかがでしょうか?

福井 個人的にはいろいろ失敗したことがありました。車椅子をエスカレーターに乗せる機械をつくろうと思ったりしていました。本当に難しいんですよ。

 ものすごく微細な技術が必要で、遅々として完璧にならないのです。実際開発に携われておられる技術の方々は頑張っても誰が乗ってもスムーズに行くなと。

 恐怖感もないような。是非設計をしてもらいたいとおもいます。

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2008年8月27日 (水)

あるべき都市の姿について 9月12日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは衆議院議員の福井照さんです。福井さんは元建設省に勤務され都市問題に大変詳しい人です。取り付きにくいと市民には敷居の高い都市計画問題や、まちづくり問題をわかりやすくお話いただけると思います。

 今日のテーマは「あるべき都市の姿」についてお話を伺います。

 高知市などの地方都市は、中心市街地が郊外型ショッピングモールの登場により衰退し、活力がなくなってきました。映画館すらない状況です。
 福井さんは以前英国も同様の状況であったが、郊外への出店を規制し、中心市街地と提携して出店するようになってから共存して繁栄していると言われました。

 それはいわゆる「まちづくり三法」促しているのでしょうか?高松市丸亀商店街の再開発ビルなどは成功事例と呼ばれるものなのでしょうか?

Ion1 (全国各地に郊外型大型主ゥピングセンターがつくられています。)

福井 そうですね。中心市街地を守るというのは国是であると思っています。役所(建設省)にいるときの最後の仕事が「地方の中心市街地の再開発」でした。最初の法律をこしらえました。

 地方の中心市街地の再開発は最初はアメリカから始め李ました。1980年代のアメリカでは地方都市が衰退し、中心市街地が荒廃し、ダウンタウンに低所得者の黒人層とヒスパニック層が入り込んできて治安が悪くなり、その地方都市から勤労者層もいなくなり、企業もいなくなりました。そのまちが「溶けて」なくなってしまったのです。

 その結果ダウンタウンが一番大事であるということがアメリカ人は理解しました。そこで都市の再開発施策を始めました。それがすぐに英国に波及し、90年代初頭に「タウンセンター・マネジメントという考え方をを英国が発明をして地方都市のタウンセターを皆が活き活きして歩いて買い物したり、食べたいものを食べたりするゾーンに中心市街地をしないと地方都市がなくなってしまう。

 そういう意味でTMOというのは、イギリスの考え方を直輸入して日本でも10年ぐらい前からやり始めました。

 なにが違いかと言いますとイギリスは主体はNPOなんです。タウンセンター・マネジメントの主体なんですね。日本はNPOがまだまだ未熟で民主主義が発達していないので主体が市役所なんですね。そこが全然違います。そこがせつなくて。成功例だとかなんだかは言われていますが、青森や富山や金沢の事例を言われますが成功事例が僕にいわせれば1個もないのです。

 どうしてかと言いますと。英国のサッチャー政権も最初は「規制緩和」から始まったのです。日本の地方都市がが小泉ー竹中路線で苦しんでいるように、最初は新自由主義でした。規制緩和、市場原理、すべてフリーにすると言うことでいままで規制してきた郊外への大型ショッピングモールをサッチャー政権は最初は許しました。

 だから地方都市の中心市街地がみるみるうちに衰退しました。いままで郊外のショッピングセンターはなかったからです。同じサッチャー政権は間違いに気がつき、すぐに郊外の大型ショッピングモールをすべて禁止しました。それ以来政権が変わっても、1つの郊外型の大型ショッピングモールは出来ていません。

 そういう施策のファクト・フィンディングがあって転換がありました。背景は日本と全然違っているのです。かつて許したことをもう一度禁止するのですから。
 「ごめんなさい」という激しい施策の転換というのが日本人にはなじめないということですね。

 日本では地方都市の中心市街とを守ることは国是なんだけれども、中心市街地がぼーとしているというので現在推移しているということですね。

Takamatu1_r (高松市丸亀町商店街の再開発ビル)

西村 それだけ思い切って規制緩和して、また規制を強化する。というイギリスならではですね。凄いことをしたのかなと思います。

 日本でも「まちづくり三法」というのは郊外へのショピング・モールを規制していく法律のように聞いてはいますが、それだけの拘束力があるのでしょうか?

福井 だいぶ効果は出てきました。県により強弱はあります。一切今後の出店は無理だなと思わせる県が出てきたことはあります。とにかくこれからは地球環境問題もありますので、都市はコンパクトにしてできるいだけ自動車を使わないようにする。楽しく街を歩いてわくわくどきどきしてお話もして、食事もしてという。これからは「コンパクト・シティ」が国是になります。

 なるべく郊外の大型ショッピングモールはつくらないようにことなんです。ただ郊外の大型ショッピングモールをこしらえる立場の人からしますと「まだまだ購買力があるではないか」と言う人がいます。

 高知でもあまだまだ郊外に2つくらいこしらえてもお客さんがやってくると言われています。と開発当事者に読まれているぐらいまだ私たちは購買力があるのです。

 しかし都市計画において、高知市長さんのポリシーにおいて少なくても当面は高知市には郊外型の大型ショッピングモールは出来ないでしょう。私たちの目標はなるべく都市をコンパクトにしていくことです。

 高知市は環境白書にも載りましたし、路面電車を活用して、低炭素社会のモデル都市として私たちは暮らしている。と日本中から既に認められています。より低炭素社会の象徴が中心市街地になるのです。中心市街地は商店街だけのものではない。学校も病院も、住宅も全部含まれるのです。これからはどんどん街の真ん中にいろんな施設をもってくるのです。

Borutimoa (都市再開発事例で有名なアメリカ・ボルティモア市のイナ。ハーバー)

西村 そのあたりの議論はいろいろ市民レベルでも行われていました。討論会を見に行ったこともあります。高知大学を中心街へ誘導する。高知女子大は池へ統合する。追手前小学校は廃校にして新堀小と統合、跡地を商業地にするなどお互い連携のないちぐはぐな都市再生プランが乱立しています。

  高知県や高知市には「都市計画不在」のように思われます。あるのは街路整備計画だけのようにも思います。
 都市計画とはどのようなものなのでしょうか?マスタープランにおいても高知では市民参加が保証されず短期間で決める傾向があります。市民参加と情報開示が中途半端です。

 お立場上お答えできにくいテーマかもわかりませんが、おかまいない範囲でそのあたりをどのように整理し、考えれば良いのは。お話ください

F1_r 福井 都市計画法は昭和43年(1968年)にこしらえて、その時に市街化区域をこしらえました。市街化区域とそれ以外の区域をつくりました。

 はっきりした線で区分したのです。しかしそうして区分した市役所ほど土地が安いからという理由で市街地以外の地域へ公共施設を移転させたり、新たにこしらえたりしていました。40年の悲しい歴史があります。

 いまは端境期であると思います。そうしたゾーニングをすると言う手法の都市計画が破綻をした。失敗したということは国土交通省もわたしたちも共通の認識になっています。ですから建物を建てるときの制限だけではなく、目標は地球環境に寄与するというこいとで都市をどうやってつくるのか。そのための規制があり、誘導がある。
 
 今までとは全く違うという考え方で都市計画をすればブレークスルーできると思います。

 今までの延長線で考えても何も進みません。お互いに不平不満だけいうて終わり。お互いをうまくとり持つ場所がないのですね。

西村 ないのですね。1990年頃の時代に高知市は横山市長の時代に、都市再開発のために都市計画税を導入する構想がありました。当時自分も青年会議所の時代でしたのでセミナー(都市再開発セミナー)などもやりました。
 地域地域の不満が地区懇談会で爆発して、行政側がそれを受け止めて対話しているうちに時間切れになりました。なかなかそれは難しいですね。

 福井さんが「あるべき高知の観光とは」で言われていましたように1つの街であれば1人のプランナーが設計したら景観も一貫したものになるから良い街ができますね。でもそうはなかなかならないからばらばらになります。

 もう1つの視点は防災の観点です。高知市は低地の街ですね。高知シティFMのある潮江とかわたしの住んでいる下知は南海地震時水没することがわかっているのに、現在物凄くインフラ整備をしています。電柱地中化工事もしていますし。

 水没することがわかっているのに市役所もどうしようもないし。高齢化、少子化だ、介護保険だがあるので、市役所も動けない。皆答えがないのではないでしょうか?
 そのあたりは国として国政として「救いの手」とか「方策」はありますか?

Futaba4_r (高知市下知地区や潮江地区は海抜0メートル地域)

福井 国として公共体としてはないんですよ。僕は役所の時もしていましたが「風水」ではないかと思いますね。占いだけではなくと(都市における)「風の道」「水の道」を守るということです。人間こそ自然だから。

 都市は人工で、自然と対立している。というのは全く間違いです。都市も自然なんです。人間が自然だからです。自然そのもののわたしたとが、自然そのものに、ナチョナリーに暮らしている。アスファルトだって、セメントだって自然のものですよ。

 そういう街の暮らし方はそこの風水論で、そこの龍脈が沸いてくる。地球からエネルギーが沸いてくるところに市役所、県庁やお城を建て、南側に海があって、広びろとしたところで経済活動をし、北と、東と、西には山があって敵から守られている。そういう風水論というのは、極めて有効なんです。

 おどろおどろしいことを言っているのではなくて、生態学者の人がいつも言っていることです。生態学の中でなにが1番大事かと聞きますと「地下水である」と。「地下水脈を切ったらあかん。」と。「地下水ほど生態学上重要なものはない。」と。

 徳川吉宗が江戸中に地下水道を引きこんだんです。そしたら、物凄く悪いことが起こりました。なぜかと占い師に聞きますと「それは地下水脈を切ったからだ」といわれたそうです。

 地下水脈は磁気も持っているし、電磁気のほうもそうだし、地下水脈を頼りに多様な生き物が生きているので、「風の道、水の道、地下水を大事にして」私たちがそこにしっとりと自然と一体となって暮らしている。という都市がどういうものであるか。

 高知の南国の、室戸の、宿毛の街と自然と地下水とを「見る力」が、「読み解く力」がいります。そんなことは近代都市計画の中では、近代土木工学でも1個の教えていません。だから物凄く前に戻らないといけないけれども「知恵の埋蔵金」が固まっていると思うんです。

 だからけんちゃんがずっと不平不満があるのはそこなんです!その「読み解き方」が足らんということです。

 
西村 なんか高知市は「環境都市宣言」にエントリーをしたようです。さきほど福井さんが話された「観点」や「視点」があるのでしょうか?

福井 それは未だ役所ベースに乗らないから。だけど水面も活かすし、山も活かすし。僕の言葉ですと「風水」ですけれども。考え方は入ってはいますね。
 環境モデル都市として世界に認められる活動。それで1番大事なのは人をつくること。そして「意識」です。意識。

 だから私たちが全員同じ気持ちで低炭素社会をつくるんだ。低炭素社会の世界のモデルになるんだ。その意識をつくることです。それこそ風水で地域を読み解いてわたしたちが暮らしている大地は一体なんなんだ。それを知る為にも、一緒に活動する。そういうことと思います。

西村 もう1つ質問です。富山市などは路面電車を活用したまちづくりを行っているようです。鉄道の廃線をうまく活用したようですが。廃線を路面電車に活用して熱心にまちづくりをされているようです。

 高知も路面電車が動いていますし。それを都市づくりに活かす。路面電車を高知駅から北へ伸ばす。イオンまで延長します。北部環状線を路面電車を走らす。そういうことの実現は、今の法制度とか都市計画のなかでは実現は無理なのでしょうか?
 やる気があればできるのでしょうか?

Pl1 (米国ポートランド市の路面電車)写真はやっしーさん提供

福井 やる気だけでは駄目です。技術開発がいります。パンタグラフのないLRTが必要です。北海道で実験が終わりました。出来そうになったんです。
 リチウム電池と言って何億回に1回は発火するので、なかなか導入できないんです。リチウム電池を積んだ路面電車です。

 停留所に電車が停車するたびに、横から(充電器)をピット出して、充電して走行する。バッテリーに充電するようにして走ります。そうなりますと架線が要りません。
(パンタグラフも架線も架線を支えるビームなども不要になります。)
 そうすると路面電車の背も低くなります。そうなれば高知駅の1階のあの空間の天井の高さでも電車は北側へ通り抜けることが出来るんです。

 今は行けないんですけれども、新しい技術開発した後のLRTや路面電車では可能です。行けるのです。それも早く実験をまずして高知で導入できるのです。それもコレもお金がいります。

 今の土佐電鉄の経営状態で、そんな投資が出来るかどうか非常に難しいと思います。それは私たちの税金で市役所と土佐電鉄とかが合体して、プロジェクトができるか。それがキーであると思います。

Yosakoi (よさこい電車。写真は浜田光男さんに提供いただきました。)

西村 風水の話は面白いですね。高知市は山に囲まれ、海もちかくにある地方都市ですね。しかし、アスファルトの放射熱や建物や自動車の排熱で街は暑いです。夏にはエアコンをいれないとすごせないほど街が暑いというのはおかしいですね。エアコンをかけるからよけい暑くなりますし。

 これは風水の立場から見てもおかしいと思いますね。夏はエアコンなしで過ごせる街であるとか。市民がやる気になれば出来るのではないのでしょうか?

福井 石油・石炭を卒業することは可能ですね。ちょうど東大の学長が自宅を改造されて太陽熱発電パネルその他をやっていました。80%を削減したそうです。
 石油・石炭は80%削減できるんです。だから太陽光でエアコンも使用可能です。
太陽光を使用するためにはエアコンも冷蔵庫もすべてCO2が低いものにしないといけないんですがね。

 いずれにしてもわたしたちの住まい方が地球としっとりいっている。そういうことが風水論ですね。60兆個細胞があるけれども、分子生物学的には、死んだらすぐ風になりますからね。

 だから風も水も自分自身も一体だという生き方をいかにできるか。そこにかかっていると思います。

西村 福井さんのホームページのなかで北山孝雄さん(北山創造研究所所長・建築家安藤忠雄氏の弟)との対談で「風水の話」はとても面白く興味を持って読みました。お互い面白い話をしまくって終わっているようでしたが。環境と都市が密着しているという話は初めて聞きました。

福井 都市計画で定めているのはドイツです。「風の道」と定めています。「風の道」という都市計画そのものがあります。
 道路をここからここまであるけど。風の道は山からこういうふうに風の道があるので、ここにビルを建ててはいけない。はっきりあるんです。

 風水をおどろおどろしいというのは、日本だけです。

Fukugenngo3 (河川を韓国ソウル市は中心街に復元しました。)

西村 韓国ソウル市のチョンゲチョンの時も「風の道」がどうしたこうしたというのはテレビで見ました。風はチョンゲチョンの上をこう吹くから温度が下がる。そういうのがあるんですね。

福井 今度はっきりするのは東京駅南側にある大丸がありますね。大丸が壊されます。そうすると江戸湾の風の道が、大丸の高層建築で通れなかったのが、なくなるとそのまま皇居まで行きます。風の道を復元するのですね。(大丸は移転します。)

 もともと風の道に東京駅はありました。無意識ですけれど東京駅周辺の建物を低くすることで風の道が出来ます。皇居は武蔵野台地の先。このさきに海があって。皇居には雑木林が一杯あります。そこへ向って潮の香りがする風が吹きます。

西村 大きな再開発ですね。そうなると日本橋の上にある高速道路も撤去しないといけないですね。

福井 ありますね。川沿いに風は行きますからね。川沿いに建物とか高速道路などをこしらえるのがそもそも間違いですね。

 あのときはしょうがなかったんです。関東大震災の後にいろんな広場をつくって、公共空間がたくさんありました。高度経済成長のときは、東京五輪の時は、使用せざるをえなかったですね。いちいち用地買収なんか出来ませんでしたし。

 それが川の空間だったり、関東大震災後にこしらえた防火帯であったり。そこへ高速道路を通すしかなかったんです。突貫工事でしたし。

西村 その話を聞きますと高知であれば風水を意識した都市づくりは東京ほど労力なしにできそうに思いますが。

福井 そうですね。さえん場から、最初でしょ。オリジンで。そこの近くまで船で来て。さえん場が最初の商店街だったんですね。

西村 そうですね。九反田のかるぽーと近くの堀川を船が着いて、そこから歩いて現在のはりまや橋商店街付近が昔の高知市の繁華街でした。
 船は藩政時代は大丸前まで水路がありましたし。

Ohanamifunre01_r (堀川のお花見遊覧船

福井  キーは水面なんです。水面の復活ですね。

西村 でもいまの高知市の都市づくりは水面を埋めていますからね。「16億円の無駄遣い」といわれているはりまや橋バスターミナルにしても、むしろ川を堀返せば価値がでるでしょうに。全部逆行してますよ。話が行政側とかみ合いません。
 事業を批判するとかみ合わないし。かといって迎合するわけにはいきませんし。
 ではあのバスターミナルは利用計画は?と聞きますとなにも考えているようにはないですし。都市計画の不在なんでは思いますね。

 風水の話は自然で沖縄でも首里城は風水で決めたと聞いています。建築で「鬼門」というのがありますが、これも風水の1種なのではないでしょうか?建築家は一応学習しているとは思いますが。

福井 建物のほうはそうですが。

西村 都市計画のなかでは「風水」はまだまだ活用されていないということですね。

福井 そうです。

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2008年8月25日 (月)

福井照さんが番組に出演されました

 9月番組には衆議院議員の福井照さん(自民党・高知1区選出3期目)が登場されます。元建設省の都市局勤務(現国土交通省)であった福井さん。都市問題や都市計画に詳しく、最近は党の水産部長もされているいようで、田舎をどう売り出すのかを常に考えられているうようです。

 観光問題、都市問題、国策の引き出し方、政治と理念の問題という4つの項目を軸に質問項目を組み立てました。どの質問に関しても自分の言葉で回答をいただきました。
 聞いていて面白く、収録の時間が足りないと思いました。

 
 あるべき高知の観光とは?       9月5日(金)

 あるべき都市の姿について        9月12日(金)

 国の施策の最大活用法とは?    9月19日(金)

 心の自由民権ー人生主義とは?  9月26日(金)

 福井さんの政策は面白いと思いました。もっと多くの県民は耳を傾け、討議をすべきであると思いました。都市計画をきちんとわかる政治家は日本では珍しい。あえて先人がいるとすれば東京市長を歴任した後藤新平氏ぐらいだろうか。

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2008年8月15日 (金)

まちづくりシンポのパネラーに

Kouchijc  9月7日(日曜日)の高知青年会議所主催で2008年まちづくりシンポジウム「俺達の高知創造委員会」があります。

 主催者側より市民パネラーとしての参加を要請されました。

 なんちゃあ組織の肩書きのないわたしは「高知シティFM放送けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」という紹介をされております。このブログでも一応紹介しませんと。

 他のパネリストはと言いますと高知県知事と高知市長ですし。コーディネーターは講師の先生(中奥良則氏)がするでしょうが、市井の市民と県と市のトップリーダーとの話がかみ合うのかどうか。

 討論テーマが「自立に向って高知のまちづくりを考える」とあります。なかなか難しいテーマなので考え込みますね。お休みに少し頭をひねってみますが・・・・・。

Kouchijc_2

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