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2008年5月

2008年5月25日 (日)

高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出を 6月27日(金)

4_2 西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「 高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出を」でお話をお聞きします。

 9月12日が締め切りで「第4回まんがの日記念4コマまんが大賞作品募集」について
お話下さい。一般の部は年齢制限がなく、プロ・アマを問わないそうですが・・
 かなりレベルの高い作品が応募してくるのではないのでしょうか?

奥田  11月3日の「まんがの日」を記念しまして「4コマまんが大賞」ということで、4コマまんがの募集をしています。今年で4回目の募集になりました。

 用紙はB4、作品は横10㎝×縦32㎝、1枚につき1点、一人3点まで。カラー可。
昨年は全都道府県から応募有。プロからの応募もありました。

 第1回では村岡マサヒロさん、矢野功さんが「よさこい賞」を受賞したりしました。
レベルは高いですが一般の人がプロに勝って受賞したりしています。是非トライしてください。

 ジュニア部門と一般部門に別れています。小学生以下がジュニア部門です。
ジュニア部門でも力をつけて常連となっている子もいます。
 応募作品は冬に「4コマまんが大賞作品展」で展示しています。

 一次審査を通過した作品は展示しています。本選で入賞に漏れても、入館者の投票で決める「ギャラリー賞」の可能性もあります。優れた作品が掘り起こされる可能性もあります。いろんな楽しみ方をしていただきたいと思います。

西村 高知で「知的・創造的な学習・交流の場の創出」を目標とするのであれば、マンパワーや予算も必要であると思います。理想論でいいですがどの程度のマンパワーと予算が必要であると思いますか?おかまいない範囲で説明してください。

 毎年11月に「まんさい」(こうちまんがフェスティバル)を開催しています。このイベントなどを成長させ、拡大していけば、「知的・創造的な学習・交流の場の創出」になるのではないのでしょうか?そのあたりの展望はどうなのでしょうか?

Photo_11(高知まんが集団似顔絵コーナー)

奥田 「まんさい」(こうちまんがフェスティバル)では、「まんがで遊ぼう!」(まんが体験コーナー)やまんが工房など、まんが家の先生と直接触れあったり、自分で描いたりできるイベントを開催しています。

 そのほかにも記念まんが館では夏休みまんが体験イベントであるとか、似顔絵コーナーでセミプロのまんが家の人達に似顔絵を描いていただくこともしています。

 そのほか、企画展に合わせて県外のまんが家の招聘、トークショーやサイン会など、プロと触れあえる企画を実施中です。プロと接する機会を活用いただきまして、どんどんとまんがを描く機会を活用していただきたいです。

 理想をいえば、「まんさい」のような体験型イベントや、似顔絵コーナーのようなものが、まんが館で"いつでも"体験できたり、まんが家を目指す人たち同士の交流の場・サロンのような形で使ってもらえるようになればよいと思っています。

西村 今一度お聞きしますが高知でなぜまんが家がたくさん輩出しているのでしょうか?高知でまんがが盛んなのか?基本的な質問ですがそのあたりはどうなのでしょうか?

奥田 そうですね。いろんな考え方があると思います。高知の県民性と言いますか。高知はもともと自由民権の土地柄で、反骨精神がよくいわれます。
 まんが、特に1コマまんがは風刺から始まっています。

 そういうところが高知県人とまんがの表現が合致したのではないかと思います。それでまんが家となって高知を出て行ったところを後輩が追いかける。
 
 また高知新聞のほうでまんが教室なんかの投稿コーナーがありました。高知マンガクラブの出身でプロになった方もいらっしゃいます。
 またまんがで活動するなかで高校でまんが部を創設したという高知出身のプロのまんが家で「自分が高校のまんが部をつくった」という人が結構います。

 そういう高校にまんが部があってまんがを描く環境が整えられていた。高校にまんが部やまんが研究会があるのはわたしも高知出身なので、あたりまえであると思っていました。

 県外で聞きましたら当たり前ではないそうです。まんが部がない高校も多いようです。高知の高校でまんが部があたりまえのように存在する風土が根付いていることが今につながっていると思っています。

Mangakoushienn20051 (高校生のまんが甲子園の風景。西村撮影)

Mangakoushien20052 (出場した高校はまんが部が主体でした。高知は普通にまんが部がありますが県外ではそうではないようです。写真は西村撮影)

西村 92年間の横山隆一さんの生涯を追体験することこそが、「 高知で知的・創造的な学習・交流の場の創出」になるのではないかと思います。

 これは横山隆一記念まんが館の最大活用になるではないかと思います。
。まんが館の一連の行事の中ではどうなのでしょうか?

奥田 隆一先生からは、まんがの技法はもちろんのこと、「人生を楽しむ」達人であったことを学んでほしいと思います。

 まんがだけでなく油彩画、水墨画、アニメなど、興味を持ったものすべてに挑戦する意気込がありました。
 それは珍コレクションや鉄道模型などのコレクションのほか、酒、ゴルフ、野球、カメラなど趣味も様々ありました。人生を楽しむ達人でもありました。

 鎌倉の隆一邸がまんが家同士が集う場であったのは、隆一先生の人柄あってこそ。
高知でもまんが館がその遺志を受け継ぎ、隆一邸の桜の接ぎ木をしてかるぽーとで育て、4月に「花見の宴」として高知のまんが関係者たちが集う場を設けています。

 「まんさい」のようなフェスティバルを企画しまして様々なイベントを楽しめるようなそういうところを。イベントの拠点となれるようなまんが館を利用していただきたいと考えています。

西村 「 高知で知的・創造的な学習・交流の場」は横山隆一記念まんが館であるということは良く理解できました。
 今後の行事の予定などありましたら、ご案内をよろしくお願いします。

奥田  企画展といたしまして7月19日から8月31日まで「所蔵展」を開催いたします。第2回目になります。
 「隆一はなこばこ」という企画です。「今 花・人・であい博」を高知県下で開催していますので、関連企画として隆一先生が描かれた油彩画で花をテーマにした作品を展示し来館者には楽しんでいただきます。

 まんが家が描く油彩画はどこかユーモラスで、楽しい気分がさせられる。そういう作品が多いので油彩画としてもまんがとしても楽しめるのではないでしょうか。こちらは入場無料になっています。ぜひご来館ください。

Okuda2_r (収録は多くの話題が話されました。)

 写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。

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マンガを高知のメイン・カルチャーに 6月20日

西村  今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「まんがを高知のメイン・カルチャーに」でお話をお聞きします。高知は伝統の「まんが甲子園」や高知新聞社の「高新まんが道場」など、地方でありながらまんが文化の振興に高知県は熱心でありました。

 最近は全国各地に「まんが館」が開設されているように聞いています。「これは面白い」「参考になる」という事例はありますか?

Photo_7 (長谷川町子美術館)

奥田 そうですね。横山隆一記念まんが館の先輩館になるまんが館はたくさんあります。例えば東京にあります長谷川町子美術館(1985)。まんが館として開館したのではなく長谷川町子さんが収集された美術品を公開するためにできた美術館です。そこでも毎年夏に恒例サザエさん展を開催、まんがのほうもとりあげています。

 サザエさんの町のジオラマに自分の家を建てるとか。面白い企画継続してされています。

Photo_8 (川崎市民ミュージアム)

 また川崎市にあります川崎市市民ミュージアム(1988)は総合的な博物館です。…美術、歴史、写真等をあつかっています。そのなかの1部門でまんががあります。まんがの研究者の方と学芸員の方が組まれて非常に密度の濃い企画展を開催されています。

Photo_9 (手塚治虫記念館)

 また宝塚市にあります宝塚市立手塚治虫記念館(1994)ですとかは、手塚治虫と関連した企画展に特化して開催されています。宝塚ホテルとも連携されて企画展にあわせた特別メニューをつくったりとか。単に見せるだけではない広がりを企画されています。

西村  奥田さんは2004年に日本博物館協会から優れた博物館学の研究が評価され棚橋賞を受賞されています。当時の報道記事によりますと「近年急造するまんがに関する博物館の抱える問題と連携の可能性を取り上げられた。」とあります。

 論文を書かれた当時の狙い。またその後のまんが館で展示や資料の整理の活動を通じて感じられたことなどありましたら、おかまいない範囲でお話ください。

奥田 当時はまんが館同士の交流があまりありませんでした。当館で「知る・行く・遊ぶ ~日本全国まんが巡り展~」という企画展を開催しました。各施設に呼びかけて資料をいただきました。展示品をお借りしたりということから協力を得られたことがきっかけ
でした。

 全国のまんが館がどんな状況になっているのか?それを調べようと思いました。わたしが論文を書いたきっかけでした。

 まんがの経済的効果が強調される昨今です。調査の結果、地域への経済効果を期待しつつも同時に、「地域住民の文化的要求の充足」を意識している館が多かったです。
経済だけでなく文化を意識されていることを感じました。

 また同時にあちこち問題をかかえています。煩雑な資料の数々の整理方法や、管理面などにも、様々な問題を抱えているところが多いこともわかりました。
 今後連携を深め問題点を共有化し対処に当たりたいと思います。

 せっかく立ち上げた企画展が1館だけで終わってしまう。その地域の人だけにしかひろがらない。そういう問題点も見受けられましたので、連携していけばいいなと思いました。

西村 その後各地のまんが館同士の交流が盛んになり、展示品や資料の貸し借りや企画のやり取りとか盛んになったということでしょうか。

奥田 まだまだこれからのところもあります。今度当館で秋に開催予定の「少女まんがパワー!」は、川崎市民ミュージアムとか京都の国際マンガミュージアムとかの巡回展ということで協力しあっています。

 去年開催しました「横山隆一・手塚治虫展」も宝塚の手塚治虫記念館と連携して開催いたしました。
 大きい館同士の交流は昔も今も行っています。今後は小さい館も含めて連携していきたいと思っています。

 昨年10月、これら日本のマンガ・アニメーションミュージアム連絡協議会の設立準備会が開かれました。まずは情報交換から始めることで、連携を深め問題点の対処に当たりたいと思っています。

Photo_10 (横山隆一・手塚治虫2人展の様子)

西村 例えば家内の友人7人が集って雑談をしているのを聞いたことがあります。マンガのことが話題になって(うちの子供が高知新聞にマンガで取り上げられ記事になっていた)も7人のうち1人しか知らないようでした。
 まだまだまんがは話題にはなっていないようです。そう感じたりすることも多いようです。奥田さんはそのあたりはどう思われますか?

奥田 メジャーというのはメインカルチャーという意味でしょうか?

西村 美術とか芸術とかのほうがまんがよりは格が上で、まんがは一段下のように思われています。
 例えば今でも通勤電車の中で大人がまんがを読むことはいかがなものか。と眉をひそめるような論調があります。そのあたりはどうなんでしょうか?

奥田 個人的には美術がまんがより格上であるとか思っていません。まんがを知っている人が1人しかいないという事例にしても。同じ集団で美術の話題がわかるかと質問したらどうなったでしょうか。たぶん比率的には変わらないと思います。

 例えばフランスではまんがは「第9の芸術」と言われています。美術、音楽、文学とかと肩を並べています。同じように論じられています。

 むしろまんがをサブカルチャーという風にとらえられているのか。どうしてそう思われているのか。わたしは問いかけたいと思います。

西村 フランスではまんがは完全に音楽や美術、文学と同等の扱いになっているとか。具体的にどのようになっておりますか?

奥田 国立のまんが映像センターがあります。国がまんがを奨励しています。日本でも国立のまんが館こそありませんが、例えば横山隆一さんがまんが家として初めて文化功労者に選ばれていました。

 また日本漫画家協会がだしている賞のなかに文部科学大臣賞とかあります。国もまんがを奨励しているようです。文化と名の付くいろんなものもありますし、実際に顕彰し認めていこうという動きもあるなかで、なぜ、まんがが格下に見られれるのかわかりませんね。

西村 奥田さんの言われることもわかります。
 国がまんがを奨励するのであれば、国はもっとどんと予算を出すべきであると思います。顕彰するなりまんが家を育てるプロジェクトのほうを力を入れるとか。
 科学者を養成するのになにかをすることはありますね。まんが家を養成する為に予算を組んでプロジェクトを立ち上げたという話は聞きませんね。
 力の入れ方が日本は弱いように思います。

奥田 世界的なまんが賞が出来たりしています。その後どうなったのか。どういう動きがあるのかはこれから見守っていきたいと思います。
 まんがというものはそれぞれの書き手(まんが家)がそれぞれの力で育ってきたこともあります。

 たぶんそれに未だに頼っている状況であると思います。自分達の力でやり遂げてきたことこそが、まんがの持つ力の一つだと思いますので、国の手助けを必要とするかどうかは、また別の話かもしれません。。当館としては、頑張っているまんが家の皆様をできる限り応援していきたいと考えています。

西村 実際にまんがの活用で地域が元気になっているところはありますか?事例があればご紹介ください。

Ishimorisyoutaroukinenkan (石ノ森萬画館の学芸員。写真は川村公志さん提供)

奥田  例えば宮城県にある石ノ森萬画館(石ノ森章太郎氏を顕彰する施設)では、萬画館主催で市民参加のまんがイベントを開催しています。
 また、石巻駅から石ノ森萬画館までの1㎞にまんがモニュメント14体を設置しているほか、空き店舗のシャッター、壁面にまんがが描かれており、商店街を歩かせる工夫が凝らされています。

 人の流れを商店街につくるので商店街の活性化にまんがを使っているという事例になると思います。

 また鳥取県境港市では、「水木しげるロード」として、800メートルにわたり、商店街の歩道に妖怪のブロンズ像(86体)レリーフ等を配置しています。その終点に水木しげる記念館を設立。商店街の中にショップ「妖怪舎」もあり、商店街が観光客でにぎわっています。着ぐるみ達が街中を歩いてみたりとか地域が元気になるという成功事例も生まれています。

 高知もそうしていきたいなと思っています。

(川村公志さん提供以外の写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。)

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横山隆一先生に関する資料の保管と整理について  6月13日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「横山隆一先生に関する資料の保管と整理について」お話を伺います。

 以前奥田さんに聞きましたが「まんが館開館前に開館以前に横山隆一先生に膨大な資料(数万点)を寄贈いただき、未だ未整理状態の部分が多いのです。」とのこと。
 多くの作品を制作され、交流関係が広かった横山隆一先生。どのような資料があるのでしょうか?おかまいない範囲でご紹介いただけないでしょうか。

Okuda1_r (収録風景です。)
奥田 収蔵資料のおもなものはまんが作品になります。横山隆一先生はそれ以外に油彩画やジオラマも残されています。
 アニメーションの制作もおとぎプロでされていましたので、その関連資料もあります。また書籍関係もあります。

 そのほかにも多趣味のひとでしたので、珍コレクションもあります。お金をかけて収集したものではないけれども面白いもの、他の人からみればがらくたかもしれないけれども、ご本人にとっては貴重なもの。

 例えば川端康成さんの胆石とか。警視総監の指紋とか。があります。

 またコレクションではカメラとか。鉄道模型とか。いろんなコレクションがあり多趣味なひとであると思います。

 交流されていましたので、漫画集団の中心人物でしたので交流の資料もあります。あと画材とか、服とか写真とかの個人資料も寄贈していただいています。

・ 作品:まんが原画、油彩画、ジオラマ、書籍、アニメ(おとぎプロ)関係 など
・ コレクション:珍コレクション、カメラ、ベレー帽、玩具類 など
・ 交流資料:漫画集団関係資料、早稲田大学 など
・ 個人資料:画材、衣服、写真 など

西村 横山隆一さんの代表作品「フクちゃん」を実際に若い頃読んで知っている人は高齢者になっています。でも横山隆一さんは幅広い交流があったことが持ち味であると思います。

 以前「横山隆一・手塚治虫二人展」をまんが館へ見学に行ったことがあります。手塚治虫氏は少年時代横山隆一氏の作品を模倣し、模写を繰り返していたとか。大作家になってからも交流は続いたとのことでした。

 横山隆一さんに関しては他にもそうした事例が大変多い人ではないかと思われますが・・・

Photo_4 (横山隆一・手塚治虫2人展の様子)

奥田 特に知られていますのが手塚治虫さんとの交流です。弟子入りを申し込む人たちも多くいたそうです。自作を送って評価してもらおうとする人もいました。
 高知出身の改田昌直さんというまんが家は作品を送って、批評をいただいてということもされていたようです。サトウサンペイさんもそうでした。

 当館の開館記念座談会をしました。まんが家の方が多くこられました。石原慎太郎東京都知事も来られて横山先生との思い出を語られていました。
 ちばてつやさんも来られていました。中学・高校の時からずうっと見てる」「あの柔らかいタッチ。ああいう漫画をかくと、一番ホッとするし僕自身も原点にある」と横山隆一先生の作品について述べられていました。

 また藤子不二雄Aさんもコメントされています。どちらかというと、手塚先生のまんがを読んで、この世界へ入ったが、手塚先生のタッチとは別に、横山先生の、あの線のタッチの何とも言えない暖かさがすごく大好きで、中学・高校の頃、スケッチブックに横山先生の書かれた背景(だけ)を模写して書いていた」「ホントに楽しいというか、見ていて心が温まるような線である。」と言われていました。

 後続のまんが家にも与えた影響は大きいと思います。

西村 現在横山隆一記念まんが館の展示の構成についてお話をお聞きします。横山隆一先生の生い立ちについて説明しているコーナーがあります。作品であるとか展示がわかれていると思います。

 そのあたりはどのような構成になっているのでしょうか?

奥田 横山隆一記念まんが館の常設展示は横山隆一展示室と名前をつけています。
 大きく2つのコーナーに別れています。
 前半部分は「わが遊戯的人生」ということで横山隆一先生の作品世界の紹介をしています。まんが作品、とくに代表作であるフクちゃんコーナー。アニメーション制作会社であるおとぎプロのコーナーなども含まれています。

Photo_6

 後半部分は「わが遊戯的世界」と名前をつけています。例えばアトリエの再現ですとか、ホームバーを実物で再現したりとか。鉄道模型のコレクションをつかった展示「隆一GARAGARA」というようなものとか。

 さきほど紹介した珍コレクションとか。交流とか少年の心を忘れなかった。まんがを制作する上での原点にあたるようなものを人柄を検証する意味で展示しています。

Garagara
西村 魚々タワーというのが横山隆一記念まんが館にあります。隆一先生がこの記念まんが館会館のために制作されたのでしょうか?

Photo_3

奥田 はい。まんが館に1つシンボルタワー的なものをほしいということで、魚々タワーという高さ9メートルになる魚をテーマにしたモニュメントです。
 まんが館3階から5階まで吹き抜けをつくりました。定時になりましたら音楽とともに演出もあったり工夫もこらしています。

西村 わたしは横山隆一記念まんが館入り口にあるフクちゃんの人形が置いてある壁面をウエルカム・ボードと勘違いしていました。この壁はどういう由来があったのでしょうか?

奥田 まんが館入ってすぐ、まんがライブラリーのエントランスの部分です。「こんにちは」というタイトルをつけています。
 ガレージの扉絵として(横山隆一邸にて)使われていました。直接横山先生のオタクへ来られた人の目を楽しませていました。

 まんが記念館が出来るにあたって作品として仕上げていただきました。まんが記念館に来館いただいた人たちに最初の作品として展示しています。

西村 横山隆一記念まんが館なんですが、今年開館7年目と聞いています。また今後いろいろ大きなプロジェクトも奥田さんのほうで考えているようにも聞きました。そのあたりをご紹介ください。

奥田 来年2009年は横山隆一先生の生誕100年になります。そこで記念して大々的な企画展を開催したいと思っています。
 交流資料として他の作家が描いたフクちゃんであるとか。横山隆一先生が長谷川町子さんにペンを贈っているんですけれどもそういうものも展示し、横山先生の交流の幅を紹介していきたいと思っています。

西村 あらためて横山隆一記念まんが館の開館時間などを説明してください。

奥田 開館時間は午前9時から午後6時までです。毎週月曜日が閉館になっていますが、祝日は開館しています。

 入館料は一般は400円。高校生以下は無料となっています。

 またまんがライブラリーがあります。まんが関係書籍1万冊を用意しています。まんが館入り口は行ったすぐ近くにあります。こちらは入場無料になっていますのでお気軽に来館ください。

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高知のまんがあれこれ展について  6月6日(金)

西村 今月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは、高知市・横山隆一記念まんが館学芸員の奥田奈々美さんです。高知のまんが文化、横山隆一記念まんが館に関する事柄、学芸員としてトライしたいことなどお話をお聞きしたいと思います。

 今回のテーマは「高知のまんがあれこれ展について」でお話をお聞きします。

 4月26日から6月15日までの予定で「高知のまんがあれこれ展」が高知市文化プラザかるぽーとの横山隆一記念まんが館で開催されています。
 まんが館のホームページによりますと「高知で活動する作家や団体のまんが作品を多数展示します。」とあります。今一度その内容や展示について説明をお願いします。

Arekoreten1_r (高知のまんがあれこれ展の会場の様子)

奥田 はい。メインとなっているのが、皆さんご存知の「まんが甲子園」です。
 初回からの最優秀作品をずらっと並べてあります。また前年度の入賞作品も全部展示しています。

Arekoreten2_r (まんが甲子園入賞作品)
 来館者はまんが甲子園の歴史をまずご覧いただきます。

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 また高知のおなじみのまんが関係の活動としまして高知新聞さんが主催されておられます黒潮マンガ大賞ですとか、また当館が主催していますが「まんがの日記念・4コマまんが大賞」の昨年の入賞作などを展示しています。

 その他にもまんがの関係ということで自由民権記念館のほうで高知漫画集団の田所のりあきさんに依頼して作成された「民権紙芝居」も展示しています。

 そのほかにもNPO法人マンガミットや高知インディーズマガジン(高知で活動されているアマチュアの漫画家の人たちで作っているまんが雑誌)であるとか。

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  高知インディーズマガジンHP http://kochiindiesmagazine.web.fc2.com/

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 また和紙に描いた絵を使ったアニメーションを生活創造工房が土佐民話をテーマにした「さるのつべはぎんがりこ」というアニメーションもつくっています。その作画を展示し、アニメも上演しています。

 またまんが館の講師として来られています小笠原まきさんの絵本「パンチャタントラ物語」(寓話絵本)の原画なども展示しています。ひじょうに盛りだくさんな内容になっております。

(参考) 高知のまんがあれこれ展の出品作品

・まんが甲子園
・黒潮マンガ大賞
・まんがの日記念・4コマまんが大賞
・民権紙芝居
・NPOマンガミット
・『高知インディーズマガジン』
・生活創造工房「さるのつべはぎんがりこ」(和紙に描いた素朴な絵のアニメーション)
・小笠原まき「パンチャタントラ物語」(寓話絵本) ほか

西村 高知のまんがあれこれ展をわたしも鑑賞させていただきました。
 印象に残りました作品がいくつかありました。例えば進路選択に悩む高校生が、先輩を訪ねて啓発を受けて理髪師になる物語がありました。印象に残りました。

 また建設会社に入社した若い人が、職場の先輩のアドバイスに従って建設業の奥行きの深さに目覚めていくストーリーまんがも印象に残りました。

 これらのマンガは企業や団体の協力があって制作されたものなのでしょうか?

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奥田 協力があってというよりも、むしろ企業側が(仕事の内容を)まんがにしてより伝えやすくしたい。という希望がありました。
 理髪師さんのマンガはNPO法人マンガミットが依頼を受けて制作したものです。建設業のほうは、国際デザイン・ビューティカレッジのマンガ・アニメ科が制作した作品です。

 なにかを読者の人に伝えたい時にまんがの形にしますととても読みやすいし、伝わりやすい。企業側がまんがという伝え方を選んで選択したということです。

西村 それともう1つの作品で「ごっくん馬路村物語」もあったようなのですが。あれなんかもどういう形でストーリーまんがになったのでしょうか?

奥田 あれも同じく中四国農政局で企画されました。それを国際デザイン・ビューティカレッジのアニメ科の生徒さんたちがマンガにしたものです。ごっくん馬路村をはじめとして、馬路村の商品展開や市場開拓の上手さがうまく表現されています。

西村 「まんが甲子園」は全国的にもかなり関係者に認知されてきたと思います。昨年はまんが雑誌社の編集者も来ておりましたし。「高知のまんがあれこれ展」は、「高知をまんがのまちにしよう」という大きな戦略があるのでしょうか?地元の作家の掘り起こしになるのでしょうか。

奥田 あれこれ展は、「まんがのまち・高知を知っていただこう」という意図で開催しています。県外から来られる来館者の、皆様に高知はもともとまんががあふれている。それが意外に見過ごされているところがある。

 そういったところをあらためてまとめて見返していただこう。そうした意図で開催させていだいています。「まんが甲子園」もそのなかの1つということです。まんがの活用例ですとか。まんが賞もいろいろあるいということを知っていただきまして、いろんな可能性があるということを感じていただければと思っています。

20073 (2007年まんがあれこれ展の様子)
西村 高知の現在のまんが界の状況ですが、広がりはあるのでしょうか?

奥田 高知のまんが文化は「継続されている」ことに意義があると思います。例えば高知新聞のまんが投稿欄である「高新まんが道場」も昨年20周年を迎えました。投稿コーナーが継続すること自体がすごいことだと思います。

 続けていくことによって(まんが文化が)土壌として高知に根付いていっているのではないでしょうか。
 続いていく中で例えば「まんが甲子園」が実行委員会方式。実働部隊による運営形式に変わっていったりしました。「黒潮まんが大賞」もずっと4コマまんがでしていたのが、ストーリーまんがに特化したりとか。変化していることをいろいろと感じています。

 続いていくなかでステップアップして発展させていこうという意気込みは多々あります。それぞれ活動していることを結びつけてお互いが協力できるような体制を母船(マザーシップ)のような存在になればと考えています。 


西村 地元高知のまんがグループとして 高知まんがグループくじらの会や高知漫画集団などの動きはどんなものでしょうか。

奥田 そうですね。高知漫画集団、高知漫画グループくじらの会=高知在住のセミプロ、アマチュアのまんが作家からなるグループ。高知のまんが文化の一翼を担っています。県内の大きなイベントごとに似顔絵コーナーであるとか。まんが教室なんかをされて表へでられたりしています。

 また当館でも毎年3月に「まんが。漫画。マンガ展!」というものを恒例行事として開催しているのですけれども、それでテーマに沿った書き下ろし作品を出されたりとか。また1年間書き溜めた作品を一挙に公開したりとかの場に使っていただいています。

 発表の場があると創作意欲が沸くと言われています。そういうような新作を書き下ろしたりしつつ、更に「まんが、漫画、マンガ展!」でも似顔絵コーナーもしています。毎年恒例になっていますので似顔絵を描いてもらいに毎年足を運んでいただく市民の方もおられます。

 お子様の成長記録を残すとか。そういう動きもありまして。見てらの楽しむとか。見る側も展示する側もいろいろ受け取り方ができるいような展示であったりとか。

Photo (漫画、漫画、マンガ展の様子)

西村 高知出身のまんが家は数多くおられます。まんが館と親密な関係の作家は何人かおられるのでしょうか?

 スポーツ界であればJリーグやプロ野球選手などはプロ選手などが、少年達にコーチングしたりしています。
 まんが界でも高知の場合はそういうしくみがあれば良いのですが・・

奥田 高知出身のまんが家さんは多数おられます。とても多くの方から協力していだだいていますます。

 特に高知在住のまんが家さんには「まんさい -まんがフェスティバル」(11月3日の「まんがの日」)に積極的に参加いただいています。

 くさか里樹さんは「まんが100秒バトル」「4コマにチャレンジ」など審査のほうで参加いただいています。

 また高知新聞の「きんこん土佐日記」で県民にはおなじみの村岡マサヒロさんは「すみっこで会いましょう」ということで、子供達とお絵描き対決をすることに出ていただいています。審査もしていただいています。

 正木秀尚さんはスクリーントーンなどを使用した本格まんが指導をされています。

 まんが家とじかに触れ合えることでこどもたちが刺激を受けているように見受けられます。

 村岡マサヒロさんが子供の頃に学校の先生に自分のまんがを誉められたことをきっかけにまんが家として頑張ってまんがを描いていこう。と自分で思われたことがあったそうです。

 それで子供達を誉めて良いところを伸ばしていこう。そういう指導のしかたをされています。そういう交流も続けて行っていただいてまんがを描く楽しさを伝えていけたらな。と思います。

Photo_2 (まんさい会場風景)

(ブログ記事の挿入写真は奥田奈々美さんに提供いただきました。)

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2008年5月 5日 (月)

高知は独立国になれ!

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平崇士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は中平さんが帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「高知は独立国になれ!」です。高知新聞にもイタリア滞在中の作家の坂東真沙子氏が「高知独立論」なども提唱はされていますが・・

 現在の東京中心史観からみれば、高知は辺境。経済的にも人口にも存在感は乏しい。ひたすら中央政府にへつらい交付金を貰う生き様で敗戦後は来ました。しかし最近は小泉内閣時代の三位一体改革とやらで、交付金も削減。

Hatikin01 (東洋町は巨額の核交付金を拒否しました。)

 核廃棄物や米軍基地などの「迷惑施設」を地方自治体が中央の意向として受け入れれば巨額の交付金が国から交付される時代です。このあたりはどう思われますか?

島本 結局このままやったら国の尻拭いに地方は使われるだけよ。もうええことはなんもない。(中央いいなりでなんもいいことはないということですね。)
 
中平 そうですね。高知県の状態を見れば経済の最小単位として家族で例えますと、高知県は「だだをこねる子供」ではないかと思います。お金というものは貰うものではなく生み出すものです。

 そのあたりの考え方を根本的に考え直さないと高知県は変わらないと思います。

西村 高知県は最近人口が80万人を割り込みました。20年先には60万人を割り込むという予測もあります。しかも安芸市から須崎市までの高知市中心エリアに人口の8割が居住するようになるそうです。

 このような状態で「独立」は可能でしょうか?

 世界の国では人口60万程度の国は数多くあるようですが・・。ルクセンブルクは46万人。キプロスが77万人。バーレーンが67万人。モルジブが34万人。アイスランドが30万人です。みな国連加盟国であると思います。
 現在の79万人の規模の高知県であれば世界の159番目の国になりますね。237の国と地域の中で。

Irando2_2 (アイルランドのバー)

中平 大事なのは意思であると思います。例えば、60万人を割り込むという予測があるとしても、その予測を信じるようでは駄目であると思います。

 未来は頭と身体で生み出して行くものであると思います。
 世界1の国になるためには、まず何をなすべきか。それを議論していけばいいのではないでしょうか?人口の問題は殆ど無関係ではないかと思いますね。

 価値があればそこに人が集って来ますので。

西村 島本さんは連邦(USJ)構想をブログ「占いから未来へ」で提唱されていました。その根拠はどのようなところにあるのでしょうか?

Shimamotoss01_4 島本 USJというのはUnited States of Japanの略ですね。これは坂本龍馬も考えていたことです。天皇を中心にして各藩が連合して国をつくっていく。
 藩が発展して独立国のようになる。それぞれがそういう状態になり、連邦状態になって日本は合衆国になる。

 そうなったらえいというわけですね。

中平 島本さんの言うUnited States of Japanは物凄くいいですね。天皇を中心として昔の幕藩体制をつくりあげたい。想定しています。

西村 中平さんはブログ「土佐のローカルリズムちや」のなかで四国州構想を発表されています。そのなかで四国の州都は高知ぜよ。と宣言されています。
 現状では松山市のほうが高知市より大きく経済力があるのに何故高知が四国の中心なのでしょうか?

中平 そうですね。四国州のあるべき姿を考えた時に、経済力ではなく、文化力でなければならないからです。なぜなら四国自体が日本全国の3%しかGDPを持っていません。そこで経済力で自己主張しても駄目ですね。

 経済力で戦っても駄目ですね。四国に経済力が養われなかったのは自然を大切に思う土佐邪馬台国の伝統があったからこそと考えたほうが面白いですね。
 何故高知が四国の中心なのかと問うよりも、高知が中心になるためには何をすれば良いのか。と言うことを問うべきであると思います。

 中心であるということは、意志がどれだけ強いかによって決定されます。

西村 高知が独立国になるとしたら、「飯の種」はなんであるか?また何がふさわしいと思いますか?

島本 飯の種は十分ありますね。お米も取れる。野菜も取れる。海の幸も山の幸も豊富にある。それで十分。
 貿易関係ですが、他のところからものを持ってくる場合は、高知県の80%を占めている森林を宝の山に変えてなにか上手いことをやってやくにたつ木質バイオマス地域循環システムでも、木質ペレットでもなんでもえいけん輸出して「外貨を稼いだら飯の種」になるでしょう。

Irando3 (アイルランド)

中平 私の場合は飯の種は文化です。文化と言うところを押し出していって、そこから思想につなげていくことです。文化は土佐邪馬台国であるとか、遍路。そういうもの。
 あとは反核、反原発とかそういうもの。自然エネルギーを使うこと。それは前にも言いました「命の思想」ともリンクしてきますね。

 そういったものをベースにしながら外貨を獲得するというところに全ての力を集中するのではなく、四国内で完結する経済をまず考えていくこと。そういうコンパクトな経済を思想的なものを含めながら考えていけばいいのではと思います。

西村 国であれば徴税権があります。例えばフリーゾーンやカジノはこしらえたほうが良いのでしょうか?
 また防衛はどの国と同盟し、安全保障や国防はどうされますか?

島本 難しい問題ですね・フリーゾーンは貿易と経済が活発になるからええですね。けんどカジノはマネーゲームだからそれで文化力が高まるとは思えないですね。

Kenpou9zixyou_r   防衛ですがUnited States of Japanになったら、一応連合国家になる。防衛は天皇を中心とした連合国がやっていく形になるでしょう。

 安全保障は四国州などが独自に考えることは難しい。国防に汲々とするよりも、日本には憲法9条と言う大事なものがあります。高知の憲法9条の会の人達が、中心になって外国へいって九条の思想を広めたらえいと思いますね。

中平 フリーゾーンやカジノの話もでました。外貨を獲得するよりも四国内でどれだけ経済が廻るか。そちらの経済をつくることのほうが面白いと思います。四国には豊富な水もあることですし。

島本 土佐が独立できるかどうかと言うことですが、土佐はばらばらです。
 けんどアイルランドの民もばらばらであった。でもイギリスの圧制に対してあまりにも苦しんで、オコンネルの時代にまとまって独立しました。

 参考ブログ記事「麦の穂をゆらす風と王の男を鑑賞

 土佐やったちきっと独立できると思います。

Photo (アイルランド風景)

(アイルランドは島本さん、中平さん2人は訪問した経験があるとか。写真は中平さんから提供いただきました。

 また中平崇士さんはアイルランド旅行記もサイトに上げておられます。)

Photo_2 (アイルランドの写真は中平崇士さん提供)

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高知学・土佐学研究所をこしらえよう

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「高知学・土佐学研究所をこしらえよう」で島本茂男さん、中平崇士さんにお話しをお聞きします。

 みなさんがそれぞれの領域で「高知らしさ」「土佐らしさ」を再定義しようとするところ、想いはどういうところなおでしょうか?

Shimamotoss01_3 島本 まず高知が元気がないな。というところが、最初にありました。なんでそうなのかと言いますと東京の物差しで計っているからです。グローバルスタンダードに従わないといけない。

 結局高知は高知独自のものを考えて行けばいいのではないか。高知の古代から現在までを振り返り、高知らしさで勝負していくこと。それでいいのではないか。
 その思いが強くあるからです。土佐邪馬台国大いに結構。それを物語にして自分達の自信を取り戻していけばいい。

中平 同感ですね。アメリカとかそれに影響を受けまして、東京の文明に侵食されればされるほど、土佐弁とか(高知の)暖かさとか、重層的な文化とかにシンパシーを覚えます。

西村 高知県の経済人の皆様方も「土佐のおきゃく」というイベントを3年ほどまえから多額のお金をかけてしています。しかし今ひとつ盛り上がりに欠けています。それは何故であると思われますか?

中平 「土佐のおきゃく」に限ったことではありませんが、まず前提の”問い”がないのではないかと思います。前提と言うのは、「おきゃくとは何か?」。そこをつきつめることをしていないの他県の人間が「おきゃく」を理解できるわけがありません。

 「おきゃく」というものに言及するならば、「まれびと」というところまで踏み込んでいかなければいけないと思います。

西村 すみません。「まれびと」という言葉ですが。「まれびと」というのは何のことでしょうか?これも聞いたことはありませんけれども。

島本 まれびとと言うのは民俗学者の折口信夫(おりぐちしのぶ)さんが、「遠来の客をもてなすとき」に使った言葉です。

 琉球の人たちには「まらぷと信仰」がありますが、これが「まれびと」のもとになったのではないかと。
 つまり外から来てくれるひとは神様である。ととらえています。お客さんは神様なわけですね。そしたらもてなすのは当然である。そのことが「まれ日と」論につながっているということですね。

西村 だとするならば、今やっている「土佐のおきゃく」なるものは、お酒を飲む人だけを対象とした土佐料理だ、とさのお酒だ。宴会をしようというだけ。それだけではなくもっと大きなものですね。

Tosaryouri

(料理やお酒を飲むことだけではないと思います。)

島本 ですのでもっと大きな意味を皆で再認識をしないといけなかったのです。それが今高知で全然できていないと思います。ですので盛り上がらないのでしょう。

西村 例えば幕末・維新・民権運動の時代は土佐人はたくさん活動的な人物が輩出しました。しかし今の高知ではすべて坂本龍馬1人に一元化する傾向があるようです。飛行場に龍馬の名前をつけるぐらいですし。しかし私はなにか釈然としません。

 本来は保守的な人達が龍馬を免罪符にしているだけで、高知の社会は保守的で停滞しているとしか思えませんが・・。

島本 土佐人は革新的でものをどんどん変えていく力がありました。だけどそれができないというのは、結局龍馬を「免罪符」に使っているのです。今の自由主義経済というのは「自由」という字が書いています。それは土佐人が大好きです。

 自由主義経済は正しいと思っているかもしれませんが、自由主義経済は客観的に見てどんどん不自由になります。動きが取れないようになります。

 自由主義体制に胡坐をかいていますと、どんどん保守的になってしまう。こう私がかんがえてことです。

中平 そうですね。わたしは「アイデンティティを失った人間は1つの神様を信じる傾向がある。」ように思います。
 1つの神というのが「龍馬」になっているのではないのでしょうか。

西村 わたしは近い将来構想で「高知県物産公社」をこしらえたいと思っています。その場合なにかと産品やいろんな場面で競合する宮崎県や沖縄との差別化が必要であると思いました。それは歴史であると思いました。そのあたりはどう考えますか?

島本 大いに賛成です。これにはロマンがないといかん。土佐邪馬台国論。これなんかスケールが大きい。これをもっと出さんといかん。そうせんと、なにか凄いものがないといかんやいか。

 宮崎のお笑い出身の知事に勝たんといかんと思います。しかし今の高知県知事は派手な人ではないし。そこは皆で盛り上げないといけないと思います。

中平 私は本当に歴史は大事であると思います。ですので土佐邪馬台国というものを取り上げていこうと思います。
 結局絶対に高知に邪馬台国があったというのではなくて、それを提唱することによって、みなが1つの価値に収斂されていく。力を合わせてなにかに向っていく。そういう価値自体を掘り起こすことが重要であると思います。

西村 その話を聞きますと、最近の高知県人は歴史を大事にしない県民ではないか。
実は高知県を訪れたビジターがその土地を訪ねたら訪問するのが博物館。美術館。歴史館。高知はそのあたりが整理されていなくてばらばらで支離滅裂ですね。

 歴史民族資料館、高知県立美術館。高知県立文学館。高知市立自由民権館。高知県立龍馬記念館。高知城。どうせならすべて高知城周辺にすべて集めたら良いとは思いますが・・。まとめて集約すれば高知の歴史と文化が体系的に学べると思いますのに・・。

Kochicapitaru1

(高知城の周辺に歴史・文化資源を集積すべきでしょう。)

島本 とても大事なところです。ばらばらになっていますと体系的に全体像がつかめないし、つくれん(こしらえることができない)と思いますね。近いところにあるとそれらを全部廻ると高知県民像、土佐の歴史が全部わかります。土佐の財産もわかります。

 そうなれば県外のビジターにも高知県民にも得なのです。そういうのがない。どうしてないか。それは高知県民が「歴史を大事にしなかった。」からでしょう。

 高知県民は縄文人の末裔でそのとき、そのときを生きてきたから、その場しのぎでやっている。だから体系的に高知の歴史を古代から学ぶ。ロマンも含めて。それをしないといけないとつくづくこのごろ思います。

中平 私の場合は”体系化”というものが大きなキーワードです。体系化というものは、それができないのが高知県人のええとことでもあります。悪いところでもあります。
 体系化できる土佐人がですね率先して高知の歴史を掘り返したり。ということをやればええと思っています。

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「土佐邪馬台国」について

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「土佐邪馬台国について」お話をお聞きします。

 中平さんはブログ「土佐邪馬台国」を作成されています。土佐国の古代史を研究された結果、土佐に邪馬台国はあったということなのでしょうか?
 従来の説では九州などにあったという説が有力なのですが・・。

中平 そうですね一般的には畿内説や九州説が有力です。一般的と言われている2つの説にしましても日本書紀や古事記で「記紀史観」で支えられているのではないでしょうか。
 記紀史観は間違った、絶対的な皇国史観でよって支えられています。色眼鏡があるのではないかとわたしは思います。

西村 さきほど中平さんは「きき史観」と言われました。どんな字を書くのでしょうか?またその意味はどうでしょうか?

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中平 意味は、「日本書紀」と「古事記」の最後の紀と記をとりまして、「記紀史観」と言っています。日本書紀と古事記が日本人の正当な歴史として認識されています。
 

西村 中平さんは土佐邪馬台国の成立の根拠は、古代の時代では土佐は自然の要害なので可能であったと論証されています。
 三方が山に囲まれ、前に海が開けている。鎌倉同様の地形が土佐であるということです。軍事的な意味が大きいのでしょうか?

中平 軍事的な意味は大きいと思います。当時は船が戦争の手段であったことはほぼ間違いないと思います。そういう時代に朝鮮半島からの侵略に対して、愛媛県の佐田岬と高知県南部の足摺岬を通過点にもっちゅう高知はかなり優位な地形ではなかったかと思います。

 土佐が都であれば朝鮮半島の勢力と攻守おりませながらの一戦が出来ると思います。最悪の場合は黒潮に乗って東方面へ逃げられます。実際に四国の民は東北へ逃げられていると思っています。

 九州はあまりに朝鮮半島に近すぎます。奈良は遠すぎます。瀬戸内に都があったとすれば、挟み撃ちにされてしまいます。

西村 確かに東へ土佐の民が流れていったというのは、漁師などが紀州や横須賀あたりに定住したりしています。江戸時代からそうだったという話は聞きました。
 そもそも中平さんが邪馬台国が土佐にあるのではと提唱し出したのはいつからなのでしょうか?郷土史家の人たちも提唱されたことはわたしは知りませんでしたし。誰かの影響はありましたか?

中平 去年か一昨年頃だったと思います。たくさんの本やサイトを見ていますから、だれの影響を受けてないということはないと思います。
 ただだれもこのような体系化はしていないと思います。

 まず最初に日本書紀に土佐から神の刀、神刀が献上されたという記述があります。これを見てなんだかおかしいと思ったわけです。
 当時剣は3種の神器の1つでものすごく神聖なものです。そういう神聖なものが、なぜ土佐から天皇に献上されるのか?そういう疑問から土佐邪馬台国のものが少しずつ見えてきたような気がします。

 それ以前から修験道に興味がありまして、修験と関係のある山や神社には行ってました。実は高知は修験道(しゅげんどう)を創始した役小角(えんのおずぬ)の出身地奈良の葛城山とも密接な関係があります。

西村 さきほど修験道ということを言われましたが、普段聞いたことのない言葉でよくわかりません。どういった意味なのでしょうか?

中平 修験道と言いますのは、「験(しるし)を修(おさ)める道」と書いて修験道と言います。ですので、験を修める為に修験者たちは山へこもりました。そのあたりは間違いありません。
 さきほど申し上げましたように、創始者は役小角(えんのおずぬ)と言われています。

Shimamotoss01_2 島本 結局印を修める。印を手に入れる。その手に入れることにより人間が変わる。そのことを目指して修験者たちは山へ行っているわけです。そういう道であると思います。

西村 島本さんはご自身のブログ「占いから未来へ」で「縄文の精神を復活させよう」と呼びかけられています。
 縄文の精神は「他者を歓迎し、功利性を嫌い、激情にかられ、創造と破壊の力を持つなどの特徴をもつ」と言われています。
 
 縄文人の末裔である今の高知県人も「いごっそう」という気質があるようですが、これも縄文人の影響であると言えるのでしょうか?

島本 縄文人の特長は「おおらか」であったり、「感覚的」「感情的」。「そのとき、そのときを生きる。」「後先は知らん。」常に神を意識し,神とともに生きる。
 「いごっそう」は縄文人の末裔なんですが、土佐の歴史的な変遷によって、屈折したところがある。だからいごっそうというのは「屈折した縄文人」と言えるのではないでしょうか。

 そういう風に思っています。

西村 沖縄では、東京中心の地図では日本地図に納まらない別図に表記される辺境です。しかし沖縄からアジアを見ますと日本、中国、朝鮮、東南アジアは海路で近いものです。琉球王国の歴史と存在が独特の世界観を育てています。

 では高知の場合はどうでしょうか?高知を中心にした地図にしますとどのようなことが見えてくるのでしょうか?

島本 まず最初に頭に浮かんだのは山と海の出会いだというところよ。高い山、深い海、とうとうと流れる清流。激しい自然が土佐の風土をこしらえています。

 黒潮が最初に日本でぶつかるのは足摺岬です。結局激しい気候、激しい風土が、激しい土佐人の気性をこしらえたと思います。

Katurahama

中平 僕は高知を中心とした地図を想定しますと、古代の倭国が見えて来ます。東に近畿、西に九州。北に中国地方。この配置からして、高知はその中心にあります。

 もっとも重要な土地ではなかったかと思います。

西村 中平さんは土佐は「いつまでも流刑地史観ではいかん。」とブログで言われています。かつては日本の都の時代もあったのだと言われていますから。

 都を彷彿されるようなものは高知にはあるのでしょうか?また都が土佐にあったとどうして思われるようになったのでしょうか?

中平 そうですね。土佐邪馬台国史観にもとづいて、浦戸湾から物部川流域にかけて遺跡の発掘が行われれば、誰もが納得するものが出てくるのではないかと思われます。

 これは現在の考古学があらゆる可能性を想定していないということです。

 例えば海へ行きまして「なまこを持ってきてくれないか」と頼まれて、なまこを持ってくるようなものです。

 海には他にはウニとか、ワカメとか、エビとか、カニもいます。(海に何が存在しているのかを色眼鏡なしで調査するのが学問のはずですし、科学的であると思います)日本の学問全般にいえますね。比較的なことを科学という。これがこの国の学問ではないかと思っています。

西村 土佐邪馬台国は大和政権の前の国でしょうか?その後大和朝廷との関係はどうだったのでしょうか?

 大和に侵略され流刑地になったのではないのでしょうか?かつてローマと戦ったカルタゴは徹底的に破壊され100年間は廃墟になっていました。土佐邪馬台国があったとしたら、大和政権に滅ぼされたのでしょうか?

中平 私の考えは土佐邪馬台国こそが、大和(ヤマト)と思っています。大和朝廷はその価値をかすめとったのではないかと思います。
 滅ぼされたかどうかというところですが、まだ滅んではいないとは思いますね。まず
 古代から続くたたかいなのでは。

 壬申の乱、源平合戦。南北朝の動乱。蝦夷討伐。アイヌー琉球差別史観。東京中心主義。国家主義VS自由民権運動。こういう日本史を見て行きますと、大和朝廷VS邪馬台国ではないでしょうか。

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何をもって高知らしさ 土佐らしさと言うのか?

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカルりズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「 何をもって高知らしさ 土佐らしさと言うのか?」です。

 高知県内にいますと「高知人」を無意識に感じ、「県外人」という表現もしたりします。では高知県人とはどういう特色があるのかというと意外に答えられません。

 沖縄では「ウチナンチュー」と言えば全てが表現されているのですが・・沖縄ではリアリティを感じます。わたしは家内が沖縄なので特にそう思います。そのあたりの理由はなんであるとみなさんは思われますか?

Shimamotoss1 島本 高知県民。自分達の意識は強い。「県外人」という表現があるように、排他性も感じます。では高知県人は一致団結してことに当たるのかと言いますとそうではないですね。ばらばらですね。特色に十分答えられないのはそのあたりに理由があると思います。

中平 私の場合は(まず)四国のレベルで言いますと、高知以外の3県(愛媛・香川・徳島)は豪快さが足りない、という風に感じます。思想的でもない。変人度が低いとも言えます。

 枠にはまってなにが楽しいのかとも思います。でもそれでも高知県人もそういう傾向の人達が増えて来ています。危惧しています。

 全国的でいきますと「革命的でない」「大きいものを信仰する」傾向があります。
 無条件に東京が行うことは善である。と言う風に思い込んでいます。それはアメリカがやることは無条件に善であると思い込んでいますことと同じことです。

 こういうことに「違和感を感じること」が高知県人ではないかと思います。それを「いごっそう」とか「はちきん」とか言うと思います。

 いわば反骨ですね。大きいものにはまかれないということですね。

Nomuraichi

(日曜市の風景。これらも高知らしい風景の1つ。でも最近は観光ずれしてきたようだ。)
西村 いま高知県は観光に力を入れているようです。しかし昨年は観光客が減少しました。今年も期待できません。「花・ひと・出会い博」とか称し、高知出身のお笑いタレント間寛平を起用しキャンペーンをしています。しかし効果があるようには到底思えません。

 その理由は「歴史を大事にしているようで、全然大事にしない高知県や高知市」になるのではないかと思います。

 例を挙げれば幕末・維新・明治初期に活躍した郷土の偉人達(儒学者岡本寧穂、武市半平太、中江兆民ら)のゆかりのある新堀川を埋め立て破壊し、自動車道路をこしらえる公共事業を平気でしているからです。そのあたりはみなさんはどう思われますか?

S2_r (歴史資源の新堀川を吐かして道路建設は進んでいます。)

島本 歴史より公共事業による経済活性化を優先しているからそうなるのです。歴史を軽視することは自分達の命を軽視することにつながります。そういう意識を変えていくことが、これから高知では必要ではないかと思います。

 歴史を大切にしていく経済活性化だってこれから考えられます。もちろん歴史の価値を見出していかなければなりませんし。それから一言付け加えますと、現在の公共工事は中央のゼネコンに吸い上げられて地元にはご利益があまりない。こういうこともどんどんあらためないといけないですね。

中平 私の場合は、”掛ける言葉もないくらい高知県や高知市の政策は無残なものではないか”と思います。「歴史を大事にすると言いながら、新堀川に蓋をする」ことなどを見るといかに「言行不一致」であるかということです。

 現在の状況から考えますと”むしろ行政(高知県・高知市)が消滅したほうが歴史が守られるのではないか?”。そう思います。どれだけ行政はお金(税金)を使って余計なことをしているのですね。

 そのことは継続的、組織的に行われていますので、明らかに犯罪といえます。こういうことを高知県民は深く認識すべきではないでしょうか。

島本 なるほど今行政(高知県・高知市)がやっていることは文化的ジェノサイド(虐殺)と言っているわけですね。

中平 そうです。

西村 島本さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

島本 前に香美市在住の漫画家くさか里樹さんがテレビ番組で「高知の人には原始人の逞しさが生きちゅう。」と言われていました。

 梅原猛さんの説も「高知の人は縄文文化の風土を色濃く残している。」ということなんです。それは一方で野蛮で感情が爆発して、そこら辺を暴れまわるイメージもあります。強い自我とか意志を持っていて、それから本質をぐっと掴んで時代を切り開いていくイメージもある。

 土佐人は潜在的な革命家ではないのか。思うわけです。原始的な強さ。それが高知らしさ、土佐らしさと言えるのではないでしょうか。

西村 中平さんの言われる高知らしさ、土佐らしさはなんですか?

中平 自分の場合は簡単に言いますと、そういうメンタリティは土佐弁に殆ど集約されているいのではないですしょうか。そうい風に思っています。

 今から土佐弁を喋りますが、一つ目は「回りくどいことをすな」という土佐弁があります。2つ目は「白黒はっきりせえ」という土佐弁も聞きます。
 後は「年寄りは大事にせんといかん」「今日喧嘩しても明日は忘れる」というメンタリティもありますね。

 「そんなに言うちゃるなや」(それほど言わなくても)

 こういう土佐弁の表現のなかに高知らしさ、土佐らしさがほとんど詰め込まれていると思いますね。

西村 新しい定義で「高知らしさ、土佐らしさ」のコピーやキャッチフレーズをこしらえるとすればなにがふさわしいと思いますか?アイデアがあればご披露下さい。

島本 いろいろ考えてみました。原始的な力ということをを出して行きたい。時代を切り開いていくのだというで、土佐人の時代を切り開いていく力が人類の未来をつくるのではないか。
 人類の未来は土佐でつくるぞ。そんなことをこめまして。

「時代を切り開く原始人。人類の未来は土佐にまかせろ!」とこういうのはいかがでしょうか。

西村 中平さんはいかがでしょうか?

中平 そうですね。東京に高知県人は洗脳されちゅうわけですね。土佐弁でいきますと、「洗脳されたちいかんぞ。自分の頭で考えて自分の足でたたんといかんぞ」となりますね。

西村 日本経済も破綻しかけているようですし、手本としようとしたアメリカ経済が破綻寸前ですのでモデルなき社会の危うさを感じますね。
 人口も少ない。経済力もない。東京的スタンダードで行くと高知は全く絶望的な未しかないのかとしか思えません。

 そうではないと中平さんは思われておられますね。東京から高知を見られてどう思いますか?

中平 今広まっている市場原理主義ー新自由主義に対抗する思想なり、ドグマをこしらえないことには市場原理主義の力を弱めることはできません。そう思いますね。

西村 そのあたりのパワーを高知はもっている。市場原理主義を弱めるパワーを高知は持っていると島本さんは考えているのでしょうか?

島本 土佐人にはそのパワーがあります。「古きを訪ねて、あたらしきを知る。」
 土佐の古代を訪ねていくことで、きっとそれは見つかると思います。

Shuuroku1_r (話しは尽きませんでした。)

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グローバル社会と高知の世界について

西村 今月のけんちゃんの今すぐ実行まちづくりのテーマは「高知の根源・由来を考える」ことです。よく使用される「高知らしさ」について何を持って高知と言えるのか。徹底的に検証しようと企画してみました。

 ゲストは島本茂男さん。以前の番組「けんちゃんのどこでもコミュニティ」に出演いただきました。毎週金曜日にはりまや橋商店街に占い師として登場されています。宗教や歴史分野に詳しい人です。

 もう1人のゲストは中平貴士さん。東京在住ですが全文が土佐弁で筆記されているブログ「土佐のローカリズムちや」の作者。土佐人にあくまでこだわり古代史まで遡って検証されています。お仕事はクリスタルを媒介にしたセルフヘルプにもとづく癒しの仕事をされています。今回の収録は中平さんが高知へ帰省されている時期に行われました。

 さて今回のテーマは「グローバル社会と高知の世界について」でお話をお聞きします。小泉内閣あたりから「グローバル・スタンダード」(=アメリカ・スターダード)が大流行し、地方の暮らしを蔑む傾向が強くまりました。その結果日本の社会は「乾いた格差社会」になりました。
 高知は東京都は対極の世界であるべきであると思います。中平さんはそのあたり東京から高知を観察されていてどう思われていますか?

中平 そうですね。まず東京の真似をせずにもっと高知らしい社会や世界を目指すべきですね。それは高知だけではなくそれぞれの地方が価値に基づいて、様々な多極的な社会ー世界を目指すべきだと思っています。

 それが(私が考えるローカリズムであると思いますし)私のブログの「土佐のローカルりズムちや」の題名になっています。

 東京はバブル崩壊後、日本経済思想が亡んで、アメリカスタンダードに飲み込まれて行きました。

 地方が連帯してアメリカスタンダード、新自由主義と対抗しなければ日本は草も生えない不毛の大地になるのではないでしょうか。

Niyodogawamori (高知は豊かな自然がある。仁淀川)

西村 世界経済はアメリカ経済の破綻であるサブプライム問題で世界同時不況になりました。投資先を失ったオイルダラーや政府系ファンドは利益確保のために石油への投機をしています。そのため石油価格は不況にもかかわらず高騰し、経済に深刻な打撃を与えています。
 「お金に支配される経済」については島本さんはどう思われますか?

島本 まずお金に支配される経済では人々は幸せにはなれないです。さきほど言われました一連のことでそのことがいよいよ明らかになってきました。

 お金というのは「物やサービスを交換する媒体」としておおいに流通させるならそれなりの価値を持っています。しかしお金を中心にしてお金を溜め込む。増殖させる。そのことだけを考える経済活動ばかりでは人々の暮らしは貧しくなるばかりで、遂には死滅してしまうでしょう。

 私達はとても危険な社会に生きているのではないかと思います。

西村 「お金だけが絶対でお金だけが増殖して、人々の暮らしは貧しくなる一方だ。」と島本さんのご指摘のようにおかしな社会に成りつつあります。ではどうすれば良いと思いますか、。また高知はどうあるべきですか?
 何か事例や歴史的な事例などありましたらご紹介下さい。

Shimamotoss01 島本 まず意識を「金ではなく、ものやサービス。人や命に移すことです。」
 金よりは命が大切なことは当然のことなのに、その当たり前の事が揺れています。これは全世界で考えていき、実践しなければならないことです。

 更に高知では、パイロット事業というか、1番槍をつける活動をすべきであると思っています。世界を高知から変えてやるぞ。という発想がほしいところです。

 それから事例になるかどうかわかりませんけれども、「物々交換の発想」「贈り物 贈与の発想」を取り戻すことを始めることも必要ではないのかなと思います。
 更に何人かの人で1つのものを持つ。「共有」の思想や、労働力を出し合う「手間がえ」から「結い」とか「講」の活動に展開していけばいいのではと思います。

中平 そうですね。島本さんと同じ意見になると思います。ではどうすればいいのかということですが、まず「意識を変える」「気付く」ということです。
 気付く為にはまず考えると言うことです。更に考えると言うことは、まず「既成概念を信じない」ということですね。

 それはまず「すべてを疑う」ことにつながります。高知はどうあるべきか。ということですが、さきほど言いましたことを1つ1つ積み上げていくことですね。
 これは哲学的な問いかけです。哲学がなければ高知らしさがないと言うことになります。

西村 「人が少ない」「自然が豊か」「歴史がある」というのは高知のアドバンテージであると思います。しかしそれを産業振興や観光、商業で活用しているとは言えませんね。それはどうしてであると思われますか?

島本 まずそのアドバンテージをきっちり(高知の人達が)きちんと認識していない。共有していない。それゆえ活用しようという発想がもてていないと思います。
 まず高知のよさ。高知のらしさを十分に知ること。そういうことが大切であると思います。

 それから売り込むことの下手さ。伝達力の乏しさも関係しているのですね。

中平 そうですね。島本さんも言われていますが、「高知県民が自分のことに気付いていない。」それは私たち高知県人が「東京を見ゆう(見ている。意識しすぎている)」のではないでしょうか。

 東京の価値に染まっている。(東京の物差しで高知を見て卑下している。)ですので高知の価値をきちんと見ていないし、気付いていないのではないのでしょうか。
 人が多くて密集しちゅう(している)東京のほうが経済規模が大きくなり、いろんなものが生まれる。そして発展する。そういう構造を今の高知県人は「善」だと思い込んでいるのではないでしょうか。

西村 島本さんや中平さんのご指摘がありましたが、いつのまにか「東京的な価値観で」高知のわたしなんかも高知を見てしまって、自分の郷土や経済を「見下げた」見方をしています。

 こうした今流行のクローバル世界(アメリカ的な新自由主義的な考え方)と対極なのは、「ロハス」であり「スローフード」であり、地域生態計画(エコロカルジル・プランニング。あるべきものがそこにある都市計画)であり、有機農業であり、木質バイオマス地域循環システムなどは高知では成立しそうなしくみであると思います。

 食のあり方、生活のやりかた。働き方。生き方などを提唱することが必要ではないでしょうか?

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島本 大いに必要であると思います。食は「地産地消」。生活はシンプルに。働くことはお金のためでなく、生き甲斐の為。人のため。社会の為。地球の為。という生き方を提唱していきたいです。

中平 わたしも必要であると考えています。日本人だけでなくて世界の人たちの新しいライフスタイル・思想というものを生み出さないといけないと思います。
 そういう立場に日本はいると思います。日本のなかで高知が1番最初にそれをやらなければならないといけないと思っています。それをしないと世界は変わらないと思っています。

西村 今福田内閣で総務大臣をされている増田寛也氏が岩手県知事時代に「がんばらない宣言 いわて」を提唱されていました。作家椎名誠氏らとの対談が印象的でした。
 高知の場合なんか影が薄いような気がします。

 高知のアイデンティティというか、元になる思想が必要であると思います。そのあたりはどのように考えられますでしょうか?

中平 そうですね。わたしは「命の思想」というものを打ち出していくべきであると思います。これはどういうものかと言いますと、古神道とかなり重なってくると思います。それと同時にわたしが今研究している「土佐邪馬台国」とも重なって、「命の思想」というものをこれから高知県人が全面に打ち出して、高知の再生、復興を行わなければならないと思っています。

西村 お金でない、日本の円ー経済優先、お金優先のライフスタイルではない生き方。それを高知県民は世界に優先して実行しなければならない。そのあたり島本さん具体的にお話いただけないでしょうか。

島本 中平さんと一緒に考えた「命の思想」。それは古神道から由来するものです。土佐人は縄文を色濃く残しています。縄文人が自然とともに生きていたように、自然と交流しながら,神とともに生きていたのです。

 そういうことをとりもどすことによって、生きていく。自分たちの命を燃え上がらせることで生きていく。くだらないお金のやりとりでどたばたする生き方ではなくて、自然にそくして生きていく。そういう生き方を提唱したいのです。

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高知の根源・由来を考える

 4月終わりの連休の始まりに、東京から中平崇士さんが、帰省し、島本茂男さんと3人で対談しました。この対談のテーマは「高知の根源・由来を考える」というものでした。

 わたしの場合普段は殆どこのテーマは関心がないもの。古代史や、邪馬台国の話など殆どついていけない部分もありました。ただ「高知人の由来はどこから?」という根本的な原因の探求は必要であると思いました。

 確かに学生時代柳田国夫の民俗学も少しは読んだ記憶がありますし。この150年来の近代化・現代化の動きで壊された日本伝来の伝統文化。地方の伝統文化の大事さも時折思います。

 たとえば今高知では「花・人・であい博」という一部の人たちしか盛り上がらないマイナーなイベントに県も高知市も税金をつぎ込みしています。「土佐のおきゃく」というなんだか盛り上がらない行事もありました。

 そのあたり「対談」のなかで「おきゃく」についてのやりとりを一部ご紹介いたします。

西村 高知県の経済人の皆様方も「土佐のおきゃく」というイベントを3年ほどまえから多額のお金をかけてしています。しかし今ひとつ盛り上がりに欠けています。それは何故であると思われますか?

関連ブログ記事「おもしろそうにない土佐のおきゃく

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中平 「土佐のおきゃく」に限ったことではありませんが、まず前提の”問い”がないのではないかと思います。前提と言うのは、「おきゃくとは何か?」。そこをつきつめることをしていないの他県の人間が「おきゃく」を理解できるわけがありません。

 「おきゃく」というものに言及するならば、「まれびと」というところまで踏み込んでいかなければいけないと思います。

西村 すみません。「まれびと」という言葉ですが。「まれびと」というのは何のことでしょうか?これも聞いたことはありませんけれども。

島本 まれびとと言うのは民俗学者の折口信夫(おりぐちしのぶ)さんが、「遠来の客をもてなすとき」に使った言葉です。

 琉球の人たちには「まらぷと信仰」がありますが、これが「まれびと」のもとになったのではないかと。
 つまり外から来てくれるひとは神様である。ととらえています。お客さんは神様なわけですね。そしたらもてなすのは当然である。そのことが「まれ日と」論につながっているということですね。

西村 だとするならば、今やっている「土佐のおきゃく」なるものは、お酒を飲む人だけを対象とした土佐料理だ、とさのお酒だ。宴会をしようというだけ。それだけではなくもっと大きなものですね。

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島本 ですのでもっと大きな意味を皆で再認識をしないといけなかったのです。それが今高知で全然できていないと思います。ですので盛り上がらないのでしょう。

 なるほど「古きを訪ねて新しきを知る」ことになりますね。「おきゃく」の意味が「まれびと」信仰から来ているのであれば、お酒を飲もうが飲むまいが、客人をすべて歓待するものでないといけないのです。

 都市部ではそうした共同体のよさが消滅し乾いた社会になっています。だからこそ土佐流のおもてなしを歴史をきちんとおさえて対応していたならば、「とさのおきゃく」も悲惨なイベントにはならなかったと思いますね。

 収録した内容は編集して8月に高知シティFMで放送される予定です。

 高知にこだわる対談としては、なかなか密度の濃いものでした。5つの表題で対談しました。

 

   グローバル社会と高知の世界について

   何をもって高知らしさ 土佐らしさと言うのか?

  「土佐邪馬台国」について

  高知学・土佐学研究所をこしらえよう

  高知は独立国になれ!

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2008年5月 2日 (金)

ユニバーサルな社会をつくろう! 5月30日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「ユニバーサルな社会をつくろう!」です。ゲストの皆様は福祉分野のそれぞれのお立場で活躍されています。それぞれ理想の社会というものを思い描いていることでしょう。

 災害対策でお聞きします。二葉町自主防災会では防災マップ(ハザードマップ)を作成する時に二葉町に隣接する鏡川大橋歩道を「災害時要援護者一時待避所」として、橋を管理する国土交通省土佐国道事務所に、認めていただきました。

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 車いすや介護を受けている人は階段を上れないからです。二葉町自主防災会では、町内の3階建て以上のマンションなどを所有している所有者と民間協定、一時緊急時非難協定を締結しています。でもその場合車椅子の人や障害をお持ちの人は階段を昇ることはできません。

 橋は耐震構造で大地震でも落下しない工事をしています。橋の歩道はゆるやかな斜路になっています。段差がないので車椅子でも避難は可能です。

 ただ二葉町では町内で介護の度合いの人がどちらにお住まいなのか。大筋把握はしていますが、災害時要介護者を待避所にどうやって避難させるのかが問題です。介護の現場ではそのような場合はどうされるのでしょう?

Shiraishiss1_4 白石 介護の現場でも同じです。私たちは福祉施設の耐震構造を調査したことはありません。でもソフト面で言いますと、住民の人達の協力を得るように。日頃から地域住民の皆さんとともに避難訓練を行うことを求めています。

 また水だとか食料の備蓄を求めています。それから在宅サービスの事業所では通所や利用されている人達の安否確認をするマニャアルを用意しています。

西村 住宅の防災対策でもお聞きします。高知市内は低地が多く、木造家屋は倒壊や家具の転倒のよる負傷も予想されます。また30分以内に低地は浸水も始まります。津波も来るでしょう。

 要介護の人は自宅の2階の部屋で生活をしていただきたいと防災の観点からは思います。(大地震で1階は潰れても2階ならば助かる確率は高いからです。)
 施設の状態、訪問介護の現状はどうなっていますか?またどうあるべきかどう思いますか?

Shimomotoss1_4 下元 施設の場合では施設のある環境のなかで対策を考えることはできます。

 在宅の場合は防災のこと(いつ来るかわからない地震を想定して)いつも2階で生活することは屋外へでれなくなり、活動性がどんどん低下します。

 でもまだまだ福祉。医療分野のスタッフはまだまだ防災、また支援まで行っていません。それが現状です。思いのあるひとたちがただたんにその人を元気にする環境町政だけではなく、地震の時に寝ている部屋は倒壊の恐れのない処置をするとか。

 それで大丈夫であったとときに安全な場所に、どうやって逃げるのか。その場合はけんちゃんがしているような自主防災と連携をする。できるのかどうか。それをこれから考えようと言う状態です。

西村 地域社会、今まで生活してきた地域での老後や介護を受けたいと思います。グループホームを地域でこしらえることは可能なのでしょうか?
 顔見知りの地域社会や町内で介護のサポートができれば良いとは思いますが。

 デイサービスやショートスティや訪問介護でもうちの町内100メートルの間に4つの介護事業者がそれぞれ送迎したり、訪問したりしていて全部事業者が違います。介護を受ける人たちは、地域社会とは切り離されています。なにかおかしいと思います。

 もし私が地域社会でグループホームをこしらえたいと思ったら具体的に何をすればいいのでしょうか?

白石 グループホームであるとか。介護保険の事業所であれば、法人格を取得して、県や市町村に認可申請を出します。
 町内の顔見知りで介護サービスをしたい。というのであれば宅老所のようなインフォーマルなサービスを立ち上げると言う方法もあります。
 
 町内の顔見知りの方々とその町内に必要なサービスを実感して、共有する勉強会を立ち上げて、皆で必要性が共有されれば利用者の人達の実態調査もできるでしょう。宅老所の確保など。

 県内にはこうしたプロセスで出来上がった宅老所もあります。

西村 具体的な実例はありますか?

白石 土佐町の「とんからりんの家」がそうです。このへん宅老所がないきに、こしらえたいね。地域の人たちのの思いでできた宅老所です。
 みんなで勉強会を開きながら立ち上げた宅老所です。

とんからりんの家資料 「tonkararin.ppt」をダウンロード Tonkararinnoie
西村 下元さんはオーストラリアなどの介護現場も視察されたそうです。介護施設のあり方、地域社会との関わり方は高知などとの違いはあるのでしょうか?
 具体的にどのように異なっているのでしょうか?

下元 そうですね。オーストラリアは人口が少ない国です。介護施設が十分あります。ですので在宅と言う意識は少なく、施設ケア、施設での介護が進んでいる国です。

 でも施設ケアですが、「人の尊厳を大事にする」ケアについては学ぶところが多いと思いました

 カナダのバンクーバーなんかは、人が住みなれたところが、住み慣れた暮らし方で介護が受けられることが定着しています。施設へ入所も選択も可能ですが、自宅でずっといたいということであれば。例えば家族が長期の旅行へいく場合は、日本で施設で預かることしかないですが、ヘルパーさんが24時間自宅へ来てくれます。

 その人が暮らしたい暮らしを支援するシステムがあります。日本は仕方なく「どれか」(在宅か入所か)を選んでいるのが現状です。

西村 以前アメリカのロサンゼルスに観光旅行へ行った折街の中心街やロングビーチの良い場所にホテル風の建物がありガイドは「老人ホームである。」との説明がありました。

 高知市で言えば帯屋町商店街の真ん中に老人ホームがあるような感じです。日曜市があり、商店街も近いし、病院も近い。そうした介護施設があれば良いと思いますがそのあたりはどう思われますか?

Fukushimass1_4 福島 確かに場所の問題はあると思います。そういう意識は支援者のほうがもっていれば何処に立っているかの問題はクリアできると思います。
 街中にあれば便利であると思います。

下元 人によると思います、わたしなどは田舎の施設へ行きたいと思いますが、うえるぱの障害をもっているメンバーは南国市から高知シティFM近くのマンションへ移転しました。車椅子でも買い物へ行けて、病院へも行ける。年老いても何かと生活が便利なほうが良いと言うメンバーもいます。人それぞれであると思います。

 自分で選べるほうがいいですね。

福島 そうですね。

西村 うえるぱ高知の夢や理想、うえるぱに関連されました皆様のあるべき姿がありましたらお願いします。

下元 わたしは個人個人がその人らしい生活をしたい。制度ではまだまだ支援ができないのが日本の現状です。制度がこうあってほしい。と提案ができる活動であったり。
 個人ユーザーを支援していくファンドもそうです。福祉機器展もイベントではありますが、ユーザーのニーズを解決していくことが第一の目的ですので。

 年間を通じて常設コーナーをつくることが社会福祉協議会との連携でできたので、個人支援のことをより考えて行きたいと思います。

福島 僕は普段理学療養士の仕事をしています。自分の職場を良い方向に変えていくこともまだまだ十分にできません。
 うえるぱで下元さんたちと関わって大きな観点で物事を見ることもできました。遅ればせながら勉強をしています。うえるぱ高知の頭脳ではないので、手ぐらいのことですが、ついていくだけ付いて行きたいと思います。

白石 僕はうえるぱを外から見ています。見ていて、一緒に仕事をしていて面白い団体でありました。そのままおってほしいし。
 どこかに迎合したりとかうえるぱは、うえるぱで。一緒に仕事ができたら面白いなと思います。

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福祉ファンドをこしらえよう! 5月23日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「福祉ファンドをこしらえよう!」ということでお話をお聞きしたいと思います。介護保険制度は2000年にスタートしました。今年で8年目。良いところもありましたが、様々な問題があったようです。福祉介護分野の最前線にゲストの皆様はおられますが、そのなかでの思いを聞いてみたいと思います。

 調べますと兵庫県に「塩井基金」と言うのがあるようです。サイトで調べますと人口呼吸器使用者施設への資金支援もされているようです。それ以上のことはわかりませんが、他にどのようなところがあるのでしょうか?

Shiraishiss1_3 白石 全国的にはいろんな企業のファンドがあります。高知県内でも銀行のファンドであったり。民間では高知県福祉基金というのがありまして、障害者の方の活動やまちづくりの活動を支援しています。

西村 以前下元佳子さんは神奈川県藤沢市において、市民が集りお金も集め「自分達で福祉施設をつくろう。グループホームをこしらえよう。」として実際にこしらえたという事例の話を聞きました。そのあたりを詳しくお話下さい。

下元 はい。うえるぱは団体もそうですが、個人を支援するファンドをこしらえたいと思っています。神奈川県の話しですが、住民が立ち上がって10数年がかりでいろんなことをしているところです。

 自分達の力で自分達で良い施設をこしらえよう。良い施設がないから。(自分達が納得できる施設がないので、じぶんたちが施設もこしらえよう。)
 施設をこしらえたくて見学にいったわけではありませんが、施設のつくりかたガ、私たちがやりたいことに参考になるのではないか。

 お金がまったくないところで、ファンドをこしらえていろんな人たちに協力していただいて、僅か1ヶ月の間に億のお金を集めて納得のできる、自分達が入居したい施設をこしらえました。その施設も既成の枠にとらわれない施設をこしらえています。

 しかもそれが1つの施設ではなく、2号館、3号館とプランもできていました。それからヘルパー事業所など。いろんな事業も想定されていました。

 前回のお話にもでていましたが、良いこと、十分なケアをするためには、給与も待遇も良くないといけない。NPOですけれども藤沢市で1番職員は給与が高い。そういう団体でした。

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西村 2000年から介護保険制度がスタートしました。大抵介護施設は自分が住んでいる街中からは遠く離れたところにあり、全然知らない人たちと一緒に施設で生活します。通所の場合も同じです。利用者にとっては大変な精神的な負担ではないかと思いますが、向き合っている皆さんはどうそのあたり思われますか?

Shimomotoss1_3 下元 地域密着型の施設や事業所も最近は随分増えて来ています。高知市もたくさん事業所が出来ています。施設ということになりますと高知はたくさん施設ができましたが、結構満杯状態です。住み慣れた地域の近くの施設へ入居はなかなか難しいようです。

 やはり藤沢市の事例を考えましても入りたい施設を選べるか。というとなかなか難しいと思います。通所ですね、デイ・ケア、デイ・サービスはかなり選ぶことができる。グループホームまでは選ぶことができる。それは出来てきてはいます。

 前進はしているのではないかと思っています。

西村 室戸市佐喜浜で村田憲展さんがご自分でデイ・サービスの施設「老稚園」をこしらえています。あのような地域密着型の施設などはモデルになるのではないのでしょうか。

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下元 そうですね。自分の住んでいる地域で、必要性を感じてこしらえたというのが、地域住民の力でこしらえていくのが理想です。
 特に市外というか室戸でもそうですが、施設の少ない、サービスのない地域で住み慣れた地域で、住み慣れた暮らしを知っている人が施設をつくっていくということが市場の理想であると思います。

西村 今の介護保険制度の施設では補助を受ける関係で、「制約だらけ」で同じようなメニューになっているようです。わたしも以前6年ぐらい前に2級ホームヘルパーの研修であるディサービスで研修しましたが、保育所のメニューのようで面白くないと思いました。
 何故そうなるのでしょうか?パソコンであるとか麻雀やゲームなども取り入れることはできないものでしょうか?

Fukushimass1_3 福島 今はデイ・サービスの方も利用者にアンケートをとったりして要望を引き出す努力もされています。それと合わせて個別に必要なメニューを出しているところもあります。

 しかし障害の重度の人になりますと、自分がどうしたいとか意思を表明できない状態ですと、要望を言うことが少ない状態ですと一方的なサービスのメニューになりがちです。保育所のメニューのようになりがちです。

 そういう人から関わってどのようなことをしたいのか。ニーズを引き出す力や努力とかは支援者側に必要であると思います。

西村 求人募集のチラシを見ても介護の最前線のホームヘルパーの時給は1000円から1200円程度で、1日に4時間で週に3日か4日程度。重労働で大変な仕事の割には低賃金です。施設介護も訪問介護もこれでは十分なケアが出来ないと思います。

 以前コムソンがインチキをしていて国側の監視がきびしくなり、介護事業所の裁量がよけいなくなり介護事業所も減少しているようです。このあたりの現実はどうなっているのでしょうか?

白石 高知県でとくに極端に介護事業所が減ったという話はありません。働かれる人達の労働条件の改善はいろんなところでされています。

 今介護サービス情報の公表であるとか、外部評価とか。利用される方が、事業所を比較検討する情報の環境もどんどん整備されてきています。

西村 理想論でかまいませんが、介護保険制度も活用しながら、利用者に十分なケアができるためには、下元さんのレベルではどの程度の資金が必要でしょうか?
 「うえるぱ」基金なり「うえるぱ財団」あるいは会社をこしらえるためにはどのような活動が必要であると思われますでしょうか?
 機器の販売やメーカーの協力、高知シティFMでの呼びかけなどできうる限りの協賛は必要であると思いますが・・。

下元 私たちのレベルで巨額の資金集めは難しいと思います。私たちが感じていますのは、介護保険もそうですが、厚生労働省は「そのひとらしく、そのひとの生き方を尊重して」支援をすることをうたってはいます。

 どうしても「制度」でまかなえることは、最低限の生活保障ということから予算のこともあり、生活の質(クオリティ)を高めることや生活の質を上げるようなところまでは制度でまかなうことはなかなかできません。

 そういうことを考えたときに、わたしたちがやっている福祉用具などは、1人1人の可能性を広げることが出来ます。

 それを助成することの枠がどんどん狭まっていることが現状です。

 最初に白石さんからファンドがいろいろあることをご紹介されました。団体の支援はありますが、わたしたちがこしらえたいのは個人の可能性、あんなことしたい。こんなことしたい。ことができるようになりたい。子供から高齢者まで個人を応援するファンドを是非つくりたいなと思います。

 聞いたからには高知シティFMさんも多くの協力をしていただけるものと期待しています。

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人間の尊厳を手助けするしくみについて 5月16日(金)

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西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「人間の尊厳を手助けするしくみについて」でお話を聞きます。

 福祉交流プラザ1階の展示コーナーに介護度5のA男さんのお部屋がありました。ベットの上にパソコンが置かれ、マット上の操作装置でパソコンを操作するようになっていました。
 重度障害者用意思伝達装置「伝の心」(でんのしん)と言うシステムであるとリハエンジニアの北岡剛さんに説明を受けました。一度体験しましたが、どのようなシステムなのでしょうか?

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下元 環境制御装置と言いますのは「伝の心」だけではありません。いろんなメーカーのものがあります。いろんな電化製品、テレビや照明やエアコン、ベットの昇降などや、パソコンの操作もできます。

 いろんな電化製品を一つにまとめる。という感覚ですね。パソコンであれば私たちは10分の指を動かします。障害を持たれる人は指が動かない人もいます。
 ON,OFFのスイッチだけで、自分の意思で調整して動かすことができる。それが環境制御装置です。

 ON,OFFなどで体のどこかの筋肉を動かすことが出来れば伝達できます。例えば手足が動かなくても、息を吐くことが出来れば、それでけでスイッチを扱うことができます。

 自分でパソコンを使ったり、テレビをつけたり、チャンネルを自分で選べます。照明やエアコンも操作できます。

西村 以前テレビで筋ジストロフィーになった人がまぶたの動きで意思を伝達。パソコンで会話をされているのを見たことがありました。福祉交流プラザにある装置より遥かに大きくて部屋のなか全体が装置のようでした。
 このシステムは随分前から開発されていたのでしょうか?

Shimomotoss1_2 下元 私が理学療養士としてスタートしたときは随分前ですがその当時からありました。県外のリハビリテーションセンターにいきましてビックリしたことがありました。
 この10数年で小型化し、値段も随分安くなりました。手に入れやすい福祉機器になっています。

西村 私はブログを書くことが趣味の一つです。ブログなどもこの装置で作成と送信は可能なのでしょうか?

下元 こういう環境整備装置につなぐ、いまけんちゃんが言われていたことですが、「伝の心」(でんのしん)などはメール作成の機能があります。そちらで文章を作成していけば、ブログにアップすることは可能です。

 けんちゃんも寝たきりになっても、100歳を超えてもブログを書くことができるでしょう。是非使ってもらいたいと思います。

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西村 実際に福祉交流プラザのモデルルーム、介護5の部屋で体験してみましたが、なかなか難しいですね。意思表示することに慣れていないかもしれません。
 慣れるのは時間がかかっても、体が不自由になっても字が打てるということは凄いことであると思います。

下元 そうですね。自分でテレビのチャンネル1つにしても誰かが部屋に来てくれて、やっと意思を伝えてテレビを見る。その場合と自分で出来る。チャンネルを切り替える。声を大きくする。ということは随分違いますよね。

西村 あそこにある装置(介護5の部屋)は、テレビの操作、パソコンの操作、照明の点滅などもできたのでしょうか?

下元 あそこにある電化製品に全部繋いであります。また「ページめくり機」という本を読むときにページをめくる機械があります。それなどとも一緒に繋ぐことが出来ます。ですので、じぶんの手で本のページをめくれなくなっても読書を続けることができます。
 なんと高知県は日本で2つの県だけある助成制度があります。ページめくり機なども30万円の助成金が高知はつきます。是非皆さんに知っていただきたいのです。

西村 昔映画で「ジョニーは戦場へ行った」(1973年ごろ)を見たことがあります。第一次世界大戦に出兵したジョニー青年。しかし、戦場で爆撃を受けて負傷し、病院に搬送される。無事だったのは延髄と性器のみで、目も耳も口も鼻も失い、手足は切断されてしまいます。箱の中に肉体が入れられていました。
 自分の意思をモールス信号で懸命に送信し、意思を交換していました。自分の動くことのできる身体を箱へぶつけてモールス信号で交流をしていました。

 人間である限り尊厳はある。そう思いました。コミュニケーションを手助けする仕組みは必要であると思います。そのあたりはどう思われますか?

Fukushimass1_2 福島 障害を持ってしまいますとどうしても目に付きやすい体のケアのほうに行きがちです。実は自分はどうしてほしいとか、こんなことを思っているとか。相手に知ってもらう。伝えることが本当は1番大切なのではないか。そこでその人との付き合いがはじめるのではないかと思います。

西村 介護度5の状態は自分の意志で自分の生活が出来ない状態なのでしょうか。以前は健康で病気や事故でそうなった人の精神的なケアはどうされているのでしょうか?
 重度障害者用意思伝達装置「伝の心」(でんのしん)は、使いこなすに大変なエネルギーがいるのではと思いました。使用できる幅というか限界はあるのでしょうか?

下元 しっかり考えて使うことが必要です。理解力はもちろん必要です。いきなり難しいレベルで使いましょうとか、メールを打ちましょうとかそういうことではなく。

 けんちゃんも福祉交流プラザで見て、体験されましたが、電気を自分で消せるとか。テレビを消したりできる。障害を持った直後と言うのは、パソコン使いませんか。メールを使いませんか。といってもそこまでの気持ちにはなかなかなれないものです。

 そういうときに、テレビを自分でつけたり、消したりできるのよ。ということで導入していってそれから徐々になにか自分で少しでもできる。それが見つかるとそこから元気になる方もおられます。

 例えばコミュニケーョンの場合、呼吸器をつけて喋れなくなった場合、さきほど福島さんが言ったように体のケアからはいりがちになります。大事なのはコミュニケーションの部分です。

 なにか自分が意思表明できるという部分。それを先に確立してあげると、元気になってくる方が多いです。いろんな使い方ができますので、導入をしていただきたいなと思います。

西村 介護を受ける人たちにも人間としての尊厳はあると思います。また介護サービスをする側も人間としての尊厳が必要です。現状の介護の現場の問題点はどういうところにあるのでしょうか?

 介護する側が多忙で、介護を受ける側の意思を十分に受け止めれないのではないところはないのでしょうか?それは報酬の問題もあるとは思います。
 人間が人間を世話をすることにもっと敬意が払われるべきなのではないのでしょうか。そのあたり将来は展望があるのでしょうか?

Shiraishiss1_2 白石 答えになるかどうかわかりませんが、福祉の現場、介護の現場というのは対人サービス、人にサービスを提供する職場です。他の産業と比べてオートメーション化することは出来ません。

 それから社会保障の根幹を支える仕事であると思います。福祉人材の給与の見直しであるとか。介護報酬の見直しは、いろんなところで検討や見直しがされています。
 デモそれとは別に従来から私たちにも3Kとか5Kとか言われていました。適正な給与の指針。介護サービス要員の定着を図るための手立て。介護する人の腰痛予防なんていうところも大事なことです。

 そのあたりが不十分であったことの反省もあります。社会福祉協議会ではあらためてそういうところへもアプローチをしていきたいと思います。

西村 わたしが以前ホームヘルパーの研修を受けた介護施設では認知症状のある人たちには程度に関係なく皆大人用のおむつをしていました。
 20人に対してヘルパーは3人しかいないのでそうなるのでしょうか?排泄介助は人間の尊厳に関わる部分とは思います。そのあたりはどうなっているのでしょうか?
 外国などではどうなっているのでしょうか?

下元 そうですね。福祉先進国といわれているところは、日本と比較しますと、利用者と世話する職員の数は、日本よりは多く配置も配慮され充実しています。
 でも少ない人数でケアしているから出来ないんだ。だけではないと思います。

 けんちゃんが言われたように排泄介助は人間の尊厳に関わるところです。やはりこの人はどうやれば排泄ができるのか。このひとはどうしたいのだろう。自分だったらどうなんだろう。と考えると。例え20人に対して3人のヘルパーしかいなくても、みんながおむつじゃないと思います。

 でももう1つ知っていただきたいのは、おもつと言いましても全部同じで介護をされるだけのおむつではありません。ご自分でご自分のための小さなパットとかいろいろありますので。大事なのはその方が気持ちよく生活できること。人を大事にする。その気持ち。それがなかったらたとえ世話する職員が増えても変わらないと思います。

Kaigoyobou01_2_2 (介護予防にも力をいれるべきでしょう。)

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福祉交流プラザを最大活用しよう! 5月9日(金)

西村 今月5月の「けんちゃんの今すぐ実行まちづくり」のゲストは広汎な福祉分野の活動をされているうえるぱ高知の関係者の皆様です。
 うえるぱ高知の下元佳子さん。6月の福祉機器展実行委員長の福島寿道さん。県社会福祉協議会の白石研二さんです。

 今回のテーマは「福祉交流プラザを最大活用しよう!」です。

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 4月1日に福祉交流プラザの1階ロビーの福祉機器の展示スペースが大改造されました。大変見やすくなったとは思いますが、そのあたりはどうなのでしょうか?
 また見学した人達の反応はどうなのでしょうか?

 福祉交流プラザ サイト 

Shiraishiss1 白石 福祉用具をたんにたくさん並べただけではなくて、介護度や障害の程度にあわせた実際の生活空間を提案しました。実際の生活をイメージしていただけるものであると思います。

 実際にそういった声の感想をいただいています。あとは「見やすくなった。」という声もいただいています。あと明るくて楽しい雰囲気を大事にしています。

西村 また4月1日から、財団法人高知県ふくし交流財団、財団法人高知県障害者スポーツ振興協会と高知県社会福祉協議会は組織を一体化し、新たな高知県社会福祉協議会としてスタートしたそうですが、どのように体制が変化したのでしょうか?

白石 単に3つの団体が1つになってすべての事業を引き継いだのではありません。福祉交流財団がやっていた「生き甲斐作りや支援」、スポーツ振興協会がやっていた障害者スポーツの振興などを私たち社会福祉協議会のネットワークを使って広がりを持たせることにしています。

 後はまちづくりにつなげていくとか。そういった視点、体制にしています。

 また県民の方々向け、社会福祉従事者向けの研修を一元的に立体的におこなえるようにしました。

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西村 うえるぱ高知は福祉交流プラザで専門相談員を置かれよろず相談をされると聞いています。火曜と木曜と土曜日の午前9時から午後5時までの予定と聞いています。
 その狙いと開所してからの反応はいかがなものでしょうか?

白石 単に福祉用具の使い方の説明をするだけでなく、その相談者の方にあった使い方。フィティングを行っていただいています。車椅子が欲しいという相談がありましても、本当にその方に必要なのは車椅子なのか?
 そういう状態を評価していただいてご利用者の満足度は高まっていると思っています。

Shimomotoss1 下元 以前の状態がわかりませんので、変わってからの反応はわかりません。週に3日うえるぱのメンバーが交代で相談させていただいています。
 けれど白石さんが言われたように来られた方が、「車椅子を」「歩行器を」とかで相談に来られるのですが、じっくりお話を聞きますと、問題がそこにあるのではないということが多いということです。

 ですので福祉用具の紹介をするだけではなくて、関連機関(福祉関係の)に連絡して調整をしていただくこともいたしました。もの(福祉機器)でもご相談に来られていた方が最初に言われていたもの(福祉機器)でないということもありました。

 やはり時間をかけて話をしてフィテングする相談も多くて、まだまだやれることもやらないこともたくさんあるなと思いました。試行錯誤しながらやっています。

西村 具体的な福祉機器や道具、展示スペースがあるから、相談に来られた人に対してフィッティングできやすいことなのでしょうか。

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下元 それはあると思います。車椅子のことで相談に来たのですけれども、ベットなどの環境設定されているのを見て、「これはどう使うの?」という相談もあります。

 ベットの上での介助に困っているのだけれどもこれを使うと楽にできる。今まで自分では諦めていたことが、展示のしかたで「これも解決できるんだ」と相談に来られた方に気付いていただく。相談に来ていただけないとわからないことです。

 やはり福祉機器の展示のしかたは大事であると思いますね。

西村 さきほど申し上げましたが、福祉交流プラザの展示スペースの部屋の効用がありますね。介護度1の部屋とか。介護度5の部屋とか。子供の部屋とか。モデルルームがあります。風呂やトイレ、台所もありますね。

 常時もモデルルームがあり、福祉用具の展示スペースもあるので、具体的な生活そのものが、イメージしやすい。その効用は大きいと思いますが・・。

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白石 福祉用具というものはただ並べてあって、見ただけではわかりません。後きちんと説明をしていただくスタッフがいること。それはすごく大切であると思います。今回つくづく思いました。

西村 福祉交流プラザの福祉機器の展示コーナーでは「福祉機器の販売はしていません」との表示をされています。実際にその福祉機器を購入したい。レンタルをしたいと言う場合は、どこのだれに相談すれば良いのでしょうか。
 またその場で値段などはわかるのでしょうか?

白石 うえるぱ高知の相談員や社会福祉協議会もふくし交流プラザに常駐していますので、ご相談をいただいたら、販売の業者を紹介しています。

下元 福祉機器の購入やレンタルをしたい場合には、ご相談の時に業者を紹介するようにしています。福祉交流プラザで協力いただいている業者もいますし。団体もあります。

 またレンタルのほうは金額が一律ではありません。どれくらいの金額が必要ですよ。ということでご紹介をしたり、またレンタルの場合はケアマネージャーが絡んできますので、連絡をこちらからしたりします。

Shiraishisimomoto_r (展示用具の配置で打ち合わせされる白石さんと下元さん)

西村 インターネット福祉機器展のサイトとは連動しているのでしょうか?
 なかなかせわしくて私などふくし交流プラザへ見に行く機会がありません。でも関心は福祉に対してはあります。そのあたり福祉機器の値段などがわかるしくみがあれば良いとは思いますがどうなのでしょうか?

白石 福祉交流プラザのホームページに、展示品を掲載しまして広くお知らせするように考えています。当然その場合はうえるぱ高知の「インターネット福祉機器展」のサイトと連動していきたいと思っています。

Fukushimass1 福島 「インターネット福祉機器展」のホームページも暫く更新できていません。今後は更新して行きたいと思っています。

西村 福祉機器製造メーカーのホームページのリンクを貼っておけば良いと思います。メーカーはビシネスですので更新は常時されていると思いますし。それをクリックすればだいたいのお値段がわかる。
 だいたいの目安があれば助かります。

下元 「インターネット福祉機器展」は私たちの言葉で紹介して、金額もわかるものは紹介をしています。メーカーでサイトを持っているところには、サイトに行くと詳細がわかるので、サイトのリンクは表示しています。
 まだまだ新しい福祉器具の数々をどんどん掲載するには至ってはいません。頑張って県社会福祉協議会のサイトとの連動もしていきたいと思っています。

西村 新しい体制になった福祉交流プラザ。今一度その特色と狙いについてお話ください。また県民はどのように利用されればいいのか事例を上げて説明ください。

白石 1階の福祉機器の展示コーナーにおきましては、明るく楽しい雰囲気のなかで利用される方のご家族や介助される方に対して、「やさしくて安全な福祉用具」をコンセプトに展示しています。

 「来て、見て、触って、試して。」。気軽に相談に来ていただきたいです。また寄せられた相談を迷子にさせずに、きちんと解決するまでエスコートする。

 またわたしども社会福祉協議会はそういった福祉機器や介護の問題だけではなくて、生き甲斐作りや、ボランティア、福祉職場のハローワークの仕事もしています。

 施設の評価や苦情受付の窓口もしています。介護だけではなく相談を気軽に寄せていただいたらと思っています。

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